| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第58回全国大会 (2011年3月,札幌) 講演要旨


企画集会 T17-1

はじめに: 迅速な適応性と遺伝的同化-細胞から群集まで

嶋田正和(東大・総合文化・広域)

「適応」には2つの意味がある。一つは遺伝子の発現の制御が1世代内~数世代間に変化するもので、馴化・順応・エピジェネティクス(総称して表現型可塑性という)と呼ばれる。もう一つは、遺伝子の突然変異と自然選択が関係する数十世代以上の長期にわたって形成された進化的適応を意味する。最近、"rapid adaptation"(迅速な適応性)や"genetic accommodation"(遺伝的同化)等のキーワードが注目を浴びているが、表現型可塑性が遺伝系に取り込まれる過程(Baldwin効果、genetic assimilation、genetic accommodation)の研究は、上記2つの適応過程を統一的に扱うことを目指す。これにより、エピゲノムの分子生物学から、形態形成のエピジェネティクス研究、さらには表現型可塑性を介した生物間相互作用から生物群集に至る進化生態学まで、幅広く研究者の興味を集めている。

かつては、適応進化を考えるには集団遺伝学に基づく突然変異-自然選択の古典学説(適応度の定式化)が主要な理論的枠組みで、これは数十世代から数百世代の時間スケールのモデルである。しかし、表現型可塑性と遺伝的同化のモデルは、1950 年代のWaddington のカナリゼーションに遡らなくても、21 世紀の知見で新たな枠組みを提示しつつある(West-Eberhard 2003, Kirschner & Gerhart 2005)。今後は、遺伝子型レベルの適応度地形と表現型レベルの適応度地形のズレを埋めていくgenetic accommodationの理論が進展するだろう。

今回の集会では、「細胞から群集まで」と副題をつけ、特に、迅速な適応性の中でもマクロな側面である生物間相互作用から群集までを網羅して、講演を企画した。最後に、新しい進化生態学である「迅速な適応性」の今後の展開を、総合討論で議論したい。


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