| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第59回全国大会 (2012年3月,大津) 講演要旨
ESJ59/EAFES5 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-037J (Poster presentation)

乗鞍岳五色ヶ原における後氷期の針葉樹林の植生変遷

*中村琢磨(京都府大院・生命環境),大野啓一(横浜国大院・環境情報)

一般に人里から遠く離れた奥山の森林植生は里山に比べて人為の影響が少なく,台風による風倒や斜面崩壊など自然攪乱により更新の機会を与えられている.しかし,奥山においても,造林や鉱山業のように大規模な土地改変が森林に大きな影響を与え得る.現在は自然性の高い森林も,過去の植生史をひも解けば,様々な攪乱の履歴を明らかにすることができる.このような観点から,本研究は近過去を対象に人間活動が奥山の森林植生に与えた影響を明らかにすることを目的とした.調査地は岐阜県高山市の乗鞍岳(3026m)の北西斜面にひろがる五色ヶ原である.標高1500‐1700mの山地帯上部に位置し,ミズナラやダケカンバを中心に,シラビソ,オオシラビソ,コメツガなどが混生する.五色ヶ原とその周辺には明治から昭和期(1894‐1961年)にかけて平金鉱山という銅山があり,当時は周辺の広い範囲で森林が伐採され精錬に伴う煙害により植生が著しく荒廃したとされる.このような調査地域のうち,標高1625mのワサビ平湿原でシンウォールサンプラーを用いて長さ80cmの泥炭堆積物を採取し花粉分析を行った.その結果,スギ花粉は深度10cm以上の表層では急激に増加した.また,ヒノキ科型花粉は堆積物の最下層で50%近く優勢だが,深度25cmで5%程度にまで減少し,やがて表層に向かって再び増加する.カバノキ属花粉は堆積物の下端で20%程度であったが,深度40cmでは60%に急増し堆積物表層に向かって再び減少する.明治から昭和期にかけての著しい土地改変を念頭に花粉組成の変化を解釈するならば,表層のスギ花粉の急増は拡大造林期に山麓部で造成されたスギ人工林によるものと考えられる.また,ヒノキ科型花粉は主に五色ヶ原の谷部に分布するサワラ林分に由来する.鉱山の操業により五色ヶ原の植生はダケカンバやミズナラを中心とする代償植生に変化したが, 閉山後は再びサワラが増加したと考えられた.


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