| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨
ESJ60 Abstract


シンポジウム S09-5 (Lecture in Symposium/Workshop)

5.生態系サービスを活用した環境保全型水田における害虫防除

稲垣栄洋(静岡農林技術研)

水田は生物多様性の豊かな場所である。しかし農業生産の面からは、生物の豊富さが害虫の発生量の多さとなることは避けたい。農耕地や農地周辺の生態系は、土着天敵による害虫抑制やポリネーターによる送粉など、さまざまな生態系サービスを提供している。近年では環境保全型農業や総合的害虫防除の進展から、土着天敵の働きに注目が集まっており、欧米では、農業に有用な生物種や生態系サービスの保全・活用に着目した「有用生物多様性」の研究が進められている。 

演者らは、深刻な水稲害虫であるアカスジカスミカメの天敵を調査した結果、コモリグモがアカスジカスミカメの重要な捕食者であることを明らかにし、周辺環境や水稲栽培の作業がコモリグモの個体数に及ぼす影響について調査を続けている。その結果の1つとして、水田を囲む畦畔の面積や畦畔管理の方法が、コモリグモの保全に重要であることを明らかにしている。

本稿では、管理技術によってコモリグモが保全される事例として、水田前作のレンゲの栽培がコモリグモの個体数に及ぼす影響について紹介したい。静岡県の3地域を対象に2ヵ年に渡り調査した結果、レンゲを栽培している水田では、他の水田と比較して春のコモリグモの個体数が多かった。水田では耕起作業を行い、入水して代かきや田植えを行うことから、水田内のコモリグモが減少することが懸念されるが、耕起や入水など撹乱が行われると水田内のコモリグモは畦畔に逃避し、その後、夏期になると再び水田内に侵入した。そのため、レンゲを栽培していた水田では、水稲栽培期間を通してコモリグモの個体数が多かった。レンゲはもともと緑肥作物であり、化学肥料の普及した現在では、栽培はほとんど行われていない。しかし生態学的な視点からは、レンゲ栽培は土着天敵を保全し生態系サービスを高めるという新たな価値があると評価できる。


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