| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第60回全国大会(2013年3月,静岡) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 1

植物揮発性物質が駆動する生物間相互作用ネットワークの解明

塩尻かおり(京都大学白眉センター)

植物は食害されると誘導反応を引き起こす。その誘導反応の一つに揮発性物質(匂い)の放出がある。演者は、この誘導性の匂いが様々な生物に幅広く影響を与えていることを実証してきた。そして、食物網は、植物の匂いに媒介された生物間相互作用に支えられたものであることを示唆した。以下、主な成果を述べる。

(1)匂いが媒介する植物と昆虫の相互作用(図の中層):植物-植物を食べる虫2種-その虫に寄生する寄生バチ(天敵)2種の2つからなる食物連鎖において、虫の食害を受けた植物から誘導的に生産される匂いは食害する虫の種に応じて異なっており、その虫の天敵を特異的に誘引することを示した。さらに、同時に複数の植食者が食害した場合におこる匂いの変化に伴う、天敵の行動変化を明らかにした。そして、植食者はそれらの相互作用を考慮して産卵場所を選択していることを明らかにした。これらの結果に基づき「植物揮発性物質が媒介する生物間相互作用ネットワーク」という概念を提出し、これまでの生物間相互作用研究・群集生態学に新たな視点を与えた。

(2)匂いが媒介する植物と植物の相互作用(図の下層):被害植物からの匂いが隣接する健全な植物の誘導反応を引き起こすという現象(植物間コミュニケーション)を世界に先駆けて、野外で実証した。さらに、同一個体内においても、匂いを介したシグナル伝達が使われていることを明らかにした。植物個体の一部に食害あるいは病気などの感染が起きた際に、全身的な抵抗性が成立する。これまでの研究では、植物体内のシグナル伝達が全身抵抗性を引き起こすと言われてきた。本実証は、植物での全身抵抗性は体内のシグナル伝達だけではなく匂いを介したものもあることを示した。また、個体ごとに匂い成分の構成比が異なることに注目し、コミュニケーションは同一遺伝子個体(クローン)間で他個体(異なる遺伝子個体)間よりも強いことを実証した。これは、植物が自己と他個体とを香り情報で区別できることを示唆しており、植物の自己認識メカニズムの研究の新たな視点となるものである。

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