| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第60回全国大会(2013年3月,静岡) 講演要旨


日本生態学会奨励賞(鈴木賞)受賞記念講演 3

熱帯林の土壌酸性化と植物・微生物の適応戦略

藤井一至(森林総合研究所)

森林のバイオマス生産は水と土壌養分という、しばしば両立しない要因に依存している。降水量の多い熱帯林では風化、栄養塩の流亡を通して“湿潤地土壌の癌”とも言える土壌酸性化が進行し、バイオマスの低下を引き起こすことが知られてきた。しかし、土壌中のプロトン収支を観測したところ、強酸性土壌においてもなお、植物・微生物は栄養塩を吸収するために積極的に酸(有機酸・炭酸など)を放出し、土壌を酸性化していることを発見した。熱帯強酸性土壌という栄養塩欠乏条件に対する植物・微生物の様々な適応機構の存在によって栄養塩循環が促進され、熱帯林の高いバイオマス生産が維持できることが示された。

土壌の酸性化は植物へのリン供給量を減少させることが知られてきたが、特定の樹木は根から有機酸を放出することで土壌中の難溶性リンを獲得できる。キナバル山の熱帯山地林では、樹木根がリン欠乏土壌において多量の有機酸を放出していることを解明した。有機酸は微生物によって速やかに分解されるため寿命は数時間に過ぎないが、リン欠乏土壌では分解を上回る量の有機酸放出によって根のごく近傍の“根圏”土壌からの養分吸収を効率化していた。岩石・土壌の風化程度(リンの供給量)および低リン土壌環境への適応機構の有無が植生分布に影響するだけでなく生態系の炭素フローを制御し得ることが示された。

酸性条件では一般に微生物活性も低下することが知られているが、白色腐朽菌は酸性土壌で特異的に有機物分解を促進する酵素を生産していることを発見した。酸性の腐植堆積層において高い活性を示すリグニンペルオキシダーゼは植物リター中の難分解性リグニンの溶解を進め、土壌水中へ有機酸を含む溶存有機物を多量に放出する。従来、無機イオンが主体と思われてきた熱帯林の栄養塩循環において、溶存有機物もまた栄養塩循環の駆動力となり、養分流出を抑制する機能を果たしている。

熱帯土壌に代表される栄養塩の欠乏条件における植物・土壌の多様性及び相互作用が果たす物質循環機能を解明し、将来の気候変動や攪乱(火災・耕地化)に対する生態系の応答予測や植生・土壌の多様性・地域性に配慮した生態系管理技術に応用したい。

日本生態学会