| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第62回大会(2015年3月,鹿児島) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 2

理論と自然の間から眺める多様性の進化生態学

高橋 佑磨(東北大学 学際科学フロンティア研究所)

 生物の多様性は存在自体が魅惑的であると同時に、その成り立ちは今なお多くの進化学者や行動生態学者を魅了している。私は、アオモンイトトンボを材料に種内の遺伝的多様性の維持機構に関する研究を始めた。本種は日本でもっともふつうに見られるイトトンボである上に、ほとんどの個体群で雌の色彩に2型が出現する。個体群間の個体の交流も少ないため、個体群内での遺伝的多様性の維持機構を調べるのには格好の研究材料であった。苦心の末、室内実験や野外調査、数理モデルを組み合わせた解析により、雄との性的な相互作用の結果として雌の2型が個体群中に維持されることを明らかにすることができた。すなわち、雄が多数派の型の雌に対して選択的に交尾を試みることで、多数派の型の雌が雄からのハラスメントを受けやすくなる。ハラスメントは雌の採餌・産卵行動を妨害するため、少数派の適応度は多数派の適応度よりも相対的に高くなるのである。これが負の頻度依存選択となり、個体群中には常に多型が維持されるのだ。

 上で述べた通り、行動生態学や進化生態学では、適応度の〝相対的〟な大きさに注目し形質の進化プロセスを考察するのがふつうである。ここで注目すべきは、相対的に適応度が異なれば〝絶対的〟な適応度も異なるという事実である。絶対適応度は個体群動態を左右する要因であるため、進化生態学的現象を絶対適応度で捉えたときに生態学と進化学の接点が生じ、新たな世界が見える。種内多型の進化も例外ではない。多様性のない個体群に侵入した新たな型に対して負の頻度依存選択が働く場合を考えると、新たな型の侵入により個体群の平均的な絶対適応度が増加することが予想できるのである。確かに、アオモンイトトンボの場合、雌の色彩の多様性が増えるほど全ての雌が少数派になることの利益を享受できるため、ハラスメントのリスクが低下し、個体群の生産性や安定性が向上していた。多様性の獲得が絶滅リスクを低減させるたり、種の分布域を拡大させるたりする効果があることもメタ解析から見出された。種内の多様性には種や個体群より繁栄させるという副次的な機能があるといえよう。私が感じた多様性の魅力の根源は、機能美にあったのかもしれない。現在は、様々な進化プロセスで獲得される遺伝的多様性が個体群動態や空間分布パターン、系統進化などに与える影響に着目し、私の思い描く進化生態学を実現したいと思っている。

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