| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第63回全国大会 (2016年3月、仙台) 講演要旨
ESJ63 Abstract


一般講演(口頭発表) J3-26 (Oral presentation)

情動伝染の進化条件

中橋 渉(総研大・先導科学), *大槻 久(総研大・先導科学)

情動伝染(emotional contagion)とは、他者の情動の表出(例えば恐怖によるすくみ行動等)を手がかりとして自らも同じ情動状態となることを指し、マウス等で多くの報告がある。興味深いことに、情動伝染の起こりやすさや強度は個体間の社会的関係性に強く影響を受けることが知られており、例えば見知らぬ個体からは情動伝染が起こりにくいが、親近度の高い個体からはより情動伝染が起こりやすい。

情動伝染は外界の情報を他者から効率的に得るための社会学習戦略の一つと考えられるが、それではなぜ行動模倣ではなく情動伝染が起きるのだろうか?また、なぜ親近度が情動伝染の起こりやすさに影響するような脳神経系が進化したのだろうか?

これらの疑問に答えるため、最適学習戦略モデルを構築し、どのような条件下で情動伝染が適応的となるかを調べた。モデルでは三つの異なる学習戦略を考え、その優劣のパラメータ依存性を論じた。Independent Reaction(IR)戦略は、他者の情動や行動を情報として利用せず、専ら個体学習によって外界の情報を得る。Behavioral Mimicry(BM)戦略は、他者の情動をコピーせず、専ら動作模倣のみを行う。Emotional Contagion(EC)戦略は、他者の行動をコピーせず、専ら情動をコピーし、自らに生起した情動に基づいた行動を取る。

解析の結果、他者に対して起こることが自らにも必ず起こるような不確実性の低い環境下ではBM戦略が最適だが、環境の不確実性が中程度である場合にはEC戦略が最適であり、不確実性がもっと高い場合にはIR戦略が最適となることが分かった。また、動作や情動のコピーにはエラーがつきものであるが、そのようなエラーの存在下ではEC戦略がより有利となることも分かった。つまり情動伝染は情報の不確実性に対処するために極めて有効な社会学習戦略である。


日本生態学会