| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第63回大会(2016年3月,仙台) 講演要旨


日本生態学会宮地賞受賞記念講演 1

モデル生物で挑む生命システムのロバストネスと進化可能性研究

高橋 一男(岡山大学大学院環境生命科学研究科)

 生命システムのロバストネスとは、内的・外的環境の変化に対して、生命システムを安定に保つ性質を意味する。ロバストネスを持つ事によって、生物は様々な環境での安定的な生命活動が可能となり、進化の過程で幅広い環境適応を果たすことが出来たことは疑いの余地が無いことであろう。しかし、変化に抗って、システムを安定に保つロバストネスは、生物の進化の妨げになりはしないだろうか?このように、一見相反する性質を持つと考えられる生命システムのロバストネスと進化の関係性は、進化生物学の分野において長年に渡って議論されてきた問題である。

 生物にとって、突然変異によるゲノムの塩基配列の変化は適応進化の原動力である。生物の形や行動などの表現型に影響する遺伝的変異量が多ければ、自然淘汰に応答して、それだけ幅広い環境に、より速やかに適応することが出来る。このような、生物の集団が持つ、進化の潜在的可能性を、進化可能性と呼ぶ。生命システムが持つ、遺伝的な攪乱に対するロバストネス(遺伝的ロバストネス)は、突然変異によるゲノムの塩基配列の変化が表現型に与える影響を緩衝する機構とも考えることが出来る。一般的に、遺伝的ロバストネスによって表現型への効果が中立となる遺伝的変異を「隠蔽変異」と呼ぶ。近年、生命システムを遺伝的にロバストに保つ一方で、内的・外的な攪乱に影響されて隠蔽変異を顕在化させるような機構が注目されている。このような機構は、隠蔽変異の蓄積と顕在化を通して進化可能性に影響するため、「進化的キャパシター」と呼ばれる。

 演者は、これまでキイロショウジョウバエを研究材料として、進化的キャパシター研究に取り組んできた。現在、その有力な候補と考えられているのは、分子シャペロンの1つであるHSP90だけであるが、演者の研究によって、新規の遺伝的キャパシターを包含する可能性の高いゲノム領域が次々と明らかになってきた。現在までに翅形態と剛毛数の遺伝的ロバストネスに関与するゲノム領域が、それぞれ12個、10個見つかっており、HSP90以外にも多数のキャパシター遺伝子が存在している可能性が示されている。本講演では、演者のこれまでのキャパシター探索の過程およびモデル生物であるキイロショウジョウバエの魅力を紹介したい。

日本生態学会