| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


一般講演(口頭発表) G02-08  (Oral presentation)

社会を去るときは協力者になってから~細胞性粘菌の脱分化の進化生態学

*城川祐香, 嶋田正和, 澤井哲(東京大学総合文化研究科)

多くの個体が集まってコミュニケーションを行い、一つのまとまった行動をとる集団的意思決定は多くの生物でみられる。しかし皆で決めた決定は、いつも最善であるとはかぎらない。集団中の一部の個体だけが、全体とは異なる決断をした場合を想定する。その一部の個体が、集団の中でたどる運命を知ることは、個体と集団の意思決定の関係を理解するうえで重要である。
 細胞性粘菌の協力社会では環境変動を合図としてカースト分化が開始する。バクテリアを摂食する単細胞期から、餌が欠乏すると数十万細胞が集合して塔状の子実体という多細胞体を形成する。最終的に次世代となる胞子細胞(受益細胞)と、胞子を上に持ち上げて死ぬ柄細胞(協力細胞)に分化する。集団全体が、餌環境の回復を感知して単細胞期に再び移行する脱分化現象は、発生過程のごく初期だけであり、以降は餌が回復しても無視して発生過程を続行する。
 しかし形成途中の子実体の中でごく少数の細胞は、餌の摂食を続けたり、社会の外に離脱することが知られている。この事実に着想を得て本研究ではラベルをつけた少数の細胞を餌に触れさせたあとで、形成過程の子実体に再び送り込み、周囲の細胞との相互作用を調べた。その結果、餌の存在を認識した細胞は、元の予定運命が受益細胞であっても、協力細胞の役割を果たす位置に移動した。さらに長い時間餌に触れさせると、子実体の足場周辺から社会外部に排出された。遺伝子発現レベルを定量すると、受益細胞のマーカー遺伝子発現は単調減少したのに対し、協力細胞マーカーは微増してから減少を示し、その後単細胞期マーカーが上昇した。
 細胞性粘菌のカースト分化と脱分化のエピジェネティック・ランドスケープを考えた時、脱分化の経路は単純な分化の経路の逆戻しではないことが示唆された。協力行動の維持機構と個々の細胞の意思決定の可塑性の意義について議論したい。


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