| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


企画集会 T01-4  (Lecture in Workshop)

農村域の両生類相保全における多様性コアのシフトと文化的景観からのアプローチ

*大澤啓志(日本大学)

今日、棚田の文化的景観の価値が広く認識されるとともに、既に平地部では失われた生き物の賑わいが残る場合も多い。しかし、その棚田の生物多様性は所与のものではない。我が国の水田開拓史においては、まず地下水位の高い低地の自然湿地から水田が造られるが、その際、水田は代替的な湿地として機能し、両生類の多様性の中心はそのまま水田に引き継がれたと考えられる。中世に入ると、生産性の高い水田を増やすために山麓や丘陵地の谷あいを遡るように棚田を広げたが、これは両側からの樹木に覆われた狭い谷に「浅い陽光の一時止水域(=水田)」が生じたことを意味する。当然、この新天地に対し、当時の多様性の中心である低地水田から両生類の種の供給がなされたであろう。やがて近世の人口増加を背景に、山肌を横に通す用水路等の灌漑技術を駆使して、山麓・丘陵地の乾性立地斜面(多くは地滑り地)に大規模に棚田が展開する。この時点では低地水田と棚田の両方が両生類の多様性の中心として機能し、相互に種の供給が行われていたと考えられる。しかし、戦後は国の農業政策も後押しし、主に平地農業地域での圃場の近代化や農業システムの合理化が強力に進められる。これに伴い低地水田での両生類の多様性は劣化し、一方で棚田ではそれが維持されて現在に至っているのである。そして流域内において、棚田の大規模個体群から平野部に向かう方向の種の供給が生じることになる。すなわち両生類の多様性の中心は自然湿地、低地水田、棚田の順に変遷し、本来は生息が見込めない乾性立地が人為的に改変され、新たに侵入・定着した棚田が今日の両生類の多様性の中心として機能している、と捉えることができる。このような流域単位での自然生態と人間活動の歴史的関係(両生類の多様性の中心の変遷)という文脈の中で、中山間地域のアンダーユースの課題を踏まえつつ、棚田の生態的そして文化的価値を評価すべきと考える。


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