| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第64回全国大会 (2017年3月、東京) 講演要旨
ESJ64 Abstract


企画集会 T10-2  (Lecture in Workshop)

多元素同位体マップ:原理と事例

*中野孝教(早稲田大学)

生物は水素、酸素、炭素、窒素、硫黄などの主要元素で構成されるが、微量ながら多数の元素を含んでいる。質量分析法、とくにプラズマ発光質量分析法の進展に伴い、地球上に存在するほとんど元素について、濃度だけでなく安定同位体比の分析が可能になってきた。生態系を支える植物は移動範囲が狭く、構成元素の多くは環境水(表層水や土壌水など)を通してもたらされる。したがって、水やそれに含まれる元素の組成と安定同位体比の分布は、生態系を駆動する基盤的な物質情報となる。現在では産業や生活に多数の元素が利用されているので、それらの安定同位体比の特徴と合わせて検討すれば、生態系に対する人間活動の影響を多面的かつ高精度に評価することも期待できる。
とくに長寿命核種の放射壊変によって生ずる娘核種をもつストロンチウム(Sr)、ネオジミウム(Nd)、鉛(Pb)の安定同位体比は、岩石や鉱石が生じた地質プロセスによって大きく変化し、その特徴は水や生物に反映される。Srを多く含む鉱物は風化しやすく水や生物体のSr濃度も高い。淡水のSr同位体比は地質図に対応して変化することが知られている。これに対してNdやPbを多く含む鉱物は、一般に風化に強いために水や生物での濃度が低く、両元素の安定同位体を用いた生態学研究は非常に少ない。しかし淡水のNd同位体比は、変化幅は小さいもののSr同位体と同様な地理的変化が期待できる。Pbの安定同位体は4種類あるので、水や生物に含まれる鉛の起源の高確度での特定が可能である。これまでの研究によれば、大気鉛は鉱床鉛に由来し全球規模で大きな変化があり、生物に含まれる鉛の主な起源となっている。水や生物のSr・Nd・Pb同位体比の地域性や時間変化の実態解明とそれに基づく生態系機能や生物多様性の研究は今後の課題であるが、これらの元素は土壌や堆積物に強く吸着されているので、微量試料でも同位体分析とマップ作成が可能である。


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