| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨
ESJ65 Abstract


一般講演(口頭発表) J01-10  (Oral presentation)

瀬戸内海周辺海域における沿岸性魚類の系統地理:生息環境に注目した分布変遷の種間比較

*松井彰子(大阪自然史博), 乾隆帝(山口大院創成), Jong-Yul Park(韓国慶尚大), Woo-Seok Gwak(韓国慶尚大), 中山耕至(京大院農)

 日本列島周辺海域の沿岸生物の系統地理は、周囲を流れる海流に強く影響されており、特に黒潮影響下にある太平洋沿岸と対馬暖流影響下にある日本海沿岸とでは、種内系統が分かれている例が数多く報告されている。瀬戸内海は、黒潮流域と対馬暖流域をつなぐ海域であり、最終氷期最寒冷期に海水面低下によって陸化し、その後太平洋・日本海からの海水流入により形成されたとされる。本海域は日本周辺の沿岸生物相の形成を理解する上で重要であるにもかかわらず、沿岸生物における系統地理学的な位置づけはこれまでほとんど調べられてこなかった。本研究では、瀬戸内海周辺海域の沿岸性魚類の系統地理を明らかにすることを目的とし、沿岸性魚類10種について、ミトコンドリアDNAの部分領域を用いて、太平洋・日本海・瀬戸内海沿岸にわたる遺伝的集団構造を調べた。
 その結果、10種のうち7種では、太平洋沿岸と日本海沿岸とで種内系統がおおよそ分かれていた。このうち岩礁に生息する3種では、瀬戸内海の個体が主に太平洋系統に属しており、最終氷期以降に太平洋側から瀬戸内海に分布を拡大させたことが示唆された。一方、干潟に生息する4種では、瀬戸内海の個体が主に日本海系統または両系統に属しており、最終氷期以降に日本海側または太平洋・日本海の両海域から分布を拡大させたことが示唆された。また、10種のうち残りの3種では、瀬戸内海周辺海域において地理的な集団構造がほとんど見られなかった。これらの種には沿岸域の比較的深い所に生息し浮遊仔魚が岸から離れて分布するなどの特性が知られており、個体分散が大きく海域間の遺伝子流動が大きいために遺伝的集団構造が単純化した可能性が考えられる。このように、瀬戸内海周辺における沿岸性魚類の集団構造は岩礁・干潟・深場などの生息環境によって異なっており、瀬戸内海の沿岸生物相の形成史にはこれらの生息環境の違いが密接に関わっていると推察された。


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