| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


一般講演(ポスター発表) P2-372  (Poster presentation)

腹足類胎殻中のSr濃度に基づく浮遊幼生期の経験温度履歴の復元可能性
Estimation of experienced temperatures based on the Sr-concentration in gastropod protoconchs

*入江貴博, 天野伶, 小川展弘(東京大学大海研)
*Takahiro IRIE, Rei Amano, Nobuhiro Ogawa(University of Tokyo)

海産底生無脊椎動物には、個体発生の初期に浮遊生活を行う分類群が多く存在する。着底後の生態を観察することが比較的容易な潮間帯種であっても、浮遊幼生期の日数、分散の履歴、摂餌生態、成長速度といった基礎情報が詳しく調べられた種はほとんどいない。本研究では、成体の貝殻に残された幼生殻の化学組成に着目することで、浮遊幼生期にその個体が経験した環境条件を推定する技術を確立するための観察を行った。ハナビラダカラ(タカラガイ科)では、着底後の成熟までの期間に作られる貝殻を構成する霰石について、石灰化時の水温とストロンチウム含有率(Sr/Ca)との間の正の関係性が既に判明している。同様の傾向が幼生殻でも見られるならば、幼生殻のSr/Ca比から浮遊幼生期に経験された温度の履歴を復元することができるだろう。そこで我々はハナビラダカラの成貝を切断・研磨することで、幼生殻の縦断面を切り出した。SEMに付属したEPMAを用いて幼生殻断面の元素組成を測定した。幼生殻のSr/Caは重量比で約5,000(モル比で約0.0023)であったが、この値を成貝の殻に関する温度とSr/Caの関数関係にあてはめると37℃という非常に高い温度となる。またこの観察では、着底後の幼貝期を終えた直後に作られる箇所にSr/Caが極端に高い黄色の層(厚さ約27um)が発見された。この層の値は質量比で0.018(モル比で0.0084)で、海水の値(質量比で0.019、モル比で0.0088)に近い。この黄色層のSr/Caは経験温度の変化で説明できる範囲を大きく超えるため、貝殻全体で見られるSr/Caの変動を説明するためには、温度以外の要因を考慮する必要性を示唆する。従って、幼生殻中のSr/Caから浮遊幼生期の経験温度履歴の復元ためには、異なる複数の温度で幼生の飼育を行い、新たに温度とSr/Caの関数関係を推定する必要があると言える。


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