| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


シンポジウム S02-5  (Presentation in Symposium)

次世代DNAシークエンス技術を活用したウイルス研究
Application of next generation DNA sequencing technology for virus research

*佐藤賢文(熊本大学)
*Yorifumi Satou(Kumamoto University)

ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)は、成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスである。感染者の大部分(95%)は、症状を認めない無症候性感染者であるが、一部の感染者で感染細胞ががん化して白血病を引き起こす。レトロウイルスであるHTLV-1は、細胞へ感染後ウイルスゲノムを宿主細胞のゲノムDNAに組み込むという独特な特徴を持っている。ウイルスの組み込まれる領域には、若干の指向性を認めるものの、基本的にランダムに組み込まれる。つまり、感染者体内で起きる細胞レベルの個々の感染イベントの度に、異なる組み込み部位を持った感染細胞(感染クローンと呼ぶ)が生じる。
 その結果として、感染者体内には無数の感染イベントで生じた、数千、数万の感染クローンが存在している。その一方、我々には感染細胞を監視する免疫というシステムが備わっている。ウイルス抗原を細胞表面に出している感染クローンは、宿主の抗ウイルス免疫に捉えられ排除される。すなわち、無症候性の感染者であっても、体内では絶えずクローンの選択が行われている。そして、臨床上は無症候性にみえる50−60年という長い潜伏期間、そのような感染細胞と免疫のせめぎ合いが継続していると考えられる。
 では、なぜ一部の感染細胞はがん化してしまうのか? HTLV-1感染は宿主細胞に対し、細胞増殖や生存を促す作用を持っていることが、これまでの研究で明らかになっている。つまり感染細胞は通常の細胞に比べ長く生きる事が可能であり、その結果、がん化に関わる遺伝子異常、エピゲノム異常が蓄積した感染クローンが発生し、臨床的に病気の状態であるATLを発症すると考えられる。
 近年の遺伝子解析技術の飛躍的進歩によって、これまで観察不可能であった感染者における感染細胞クローン進化の様子が、解析可能となってきた。本講演では、そのような次世代DNAシークエンス技術を活用したウイルス研究を紹介し、生体内の生態学の視点からウイルス感染症を見つめ直してみたい。


日本生態学会