| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨
ESJ67 Abstract


第24回 日本生態学会宮地賞/The 24th Miyadi Award

生活史の適応進化を生む分子遺伝機構 ー変異/遺伝子、生理、適応度を繋ぐー
The molecular genetic mechanisms of life history evolution

石川 麻乃(国立遺伝学研究所 ゲノム・進化研究系 生態遺伝学研究室)
Asano Ishikawa (Ecological Genetics Laboratory, Department of Genomics and Evolutionary Biology, National

 生物がどう生まれ、成長・繁殖し、死ぬのかを決定する生活史の変化は、適応度を直接左右する最も重要な進化プロセスであり、その理解は生態学のみならず生物学全体にとって重要である。一方で、生活史はそれ自体、多くの形態、生理、行動形質が統合して成立する複雑な形質であり、その違いをもたらす遺伝子や遺伝的変異を同定するのは、時に困難を伴う。私はこれまで、多彩な生活史を示すトゲウオやアブラムシをモデルに、分子生物学や生理学、ゲノム学など、幅広い分野の解析技術の助けを借りながら、この多様化の鍵となる遺伝子や遺伝的変異の同定に挑んできた。
 生活史に関わるたくさんの形質群の進化の中で、たった一つの遺伝子やほんの小さな遺伝的変異を同定することにどんな意味があるのか?見えてきたのは、生活史の違いをもたらす遺伝子や遺伝的変異の、生物種を超えた一般性だった。例えば、淡水環境でトゲウオの稚魚生存率を左右し、淡水進出能力の違いを生む不飽和脂肪酸合成酵素のコピー数の違いは、幅広い系統の魚種でも海産種に比べて淡水種で多く、魚全般において淡水進出の鍵であると考えられた。また、繁殖の季節性についても、同じ遺伝子が異なる地域で何度もその進化に関わっていた。つまり、遺伝子や遺伝的変異に注目することで、幅広い生物群において生じた生活史の収斂進化のパターンや、そのターゲットになりやすいゲノム内の領域や経路が明らかになりつつある。
 では、一体なぜこれらの遺伝子や変異が繰り返し進化のターゲットになるのか?個々の遺伝子や変異の分子生理学的な機能解析から、その至近的・究極的要因を解く手がかりも少しずつ得られてきている。季節性繁殖の多様性を生む遺伝子は多機能的で、下流の多数の生活史形質を一気に変化させることができた。また、不飽和脂肪酸合成酵素のコピー数の重複は、稚魚の生存率のばらつきのほんの数%しか説明しないが、その重複領域は挿入変異の生じやすいゲノム構造であることが示唆された。今後、これらが具体的にどの程度適応度に寄与するのかを野外に近い環境で計測する試みを進めることで、より詳細にその要因が明らかになるだろう。
 シークエンス技術やゲノム編集技術の発展が生態学と分子生物学の垣根を取り払いつつある中、このような遺伝子や変異と、生理、そして適応度を繋ぐ研究を進めることで、生物の生活史の共通性と多様性を生む原理が理解できると考えている。


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