| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


シンポジウム S10-1  (Presentation in Symposium)

アゲハチョウの視覚系と訪花行動 ―実験室から野外へー
Visual system for flower foraging in swallowtail butterfly

*木下充代(総合研究大学院大学)
*Michiyo KINOSHITA(SOKENDAI  Hayama)

 ナミアゲハ(Papilio xuthus, 以後アゲハ)は大型の訪花性昆虫で、その訪花行動は視覚に強く依存している。そこで、本講演ではアゲハの視知覚とその学習能力、生得的な嗜好性について紹介し、野外での訪花行動との関わりについて議論を進める。
 アゲハは、非常に鋭い色覚を持つ。その特徴は、紫外から赤までの広い波長域で色を見ていることと高い学習弁別能力にある。一旦学習した色も、他の色での短期間の吸蜜により容易に書き換えられる。一方アゲハは明るさを相対的なものとして学習できるが、その速度は色の学習に比べて非常に遅い。アゲハは状況に合わせて色または明るさを指標にして物体を識別できるが、花の選択では明るさより色の方がより重要な指標となっているようだ。
 アゲハチョウの仲間は、一般に赤系の花を好むと言われている。ところが、夏型のアゲハは、色刺激が黒背景に提示されていると青系の色に生得的な好みを示す。最近この好みは、植物の匂いや背景の色によって変わることがわかった。羽化して一度も吸蜜していないメスのアゲハに青・緑・黄・赤を見せる時、オレンジやユリの花の匂いを与えると、青ではなく黄色や赤を訪問する個体が増えるのである。この匂いによる色の好みの変化はオスでは非常に小さいが、緑背景にするとオスでも赤系の色を選ぶ個体が増える。以上から、羽化直後のアゲハは葉の緑や花の匂いがある野外では雌雄ともに、赤系の花に誘引される可能性が高くなると考えている。
 匂いによる生得的な色の好みの変化は、メスで顕著であった。これには、神経系の雌雄差が影響しているようだ。網膜の視細胞構成と第一次嗅覚中枢の糸球体構成を比較したところ、メスの嗅覚中枢で大きく発達した3つの糸球体が見つかったのである。この性的二型を示す3つの糸球体は、夏型のメスアゲハで特に発達しており、彼らが特定の花や食草の匂いに対して高い感度を示す可能性を示唆している。


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