| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


シンポジウム S17-4  (Presentation in Symposium)

誰もが知らない甲殻類:実は賢いヤドカリ
Social recognition in crustaceans

*石原千晶(北海道大学)
*Chiaki ISHIHARA(Hokkaido University)

甲殻類は脳と呼ぶにはいささか頼りない神経節しか備えていないため、単純な社会関係と低い認知能力しか持ち得ないと認識されてきた。しかし、近年の生態学的・比較認知科学的研究は、甲殻類も複雑な社会関係や高度な認知能力を持つ可能性を示している。例えば、侵入者から共同でなわばりを防衛する「同盟」の形成や、特定の個体とそれ以外の個体を識別する個体識別能力を有するといった報告がある。高度な認知能力を有する甲殻類としては、シオマネキ、ザリガニやシャコ類が有名であろう。しかし、実はヤドカリも、貝殻を背負うという稀有な生態が目を惹く裏で、1960年代から個体識別能力が実証・議論されてきた。つまり、無脊椎動物の認知研究における古参とも言うべき存在なのである。演者が研究してきたホンヤドカリ属は、繁殖期にメスをめぐるオス間闘争を示す。この時期、メスをガードしていない単独のオスは、しばしば交尾産卵間近なメスを持ち歩くガードオスに闘争を仕掛けてメスの奪取を試みる。このオス間闘争では、あるガードオスからメスの奪取に失敗した単独オスが再びガードオスと遭遇した場合、少なくとも2種で、未知の(Unfamiliar)ガードオスとの新たな闘争よりも、過去に敗北した既知の(Familiar)ガードオスとの再闘争を避ける傾向が見出された。このような個体識別能力は未知と既知の個体を識別する既知認知(Familiar recognition)に区分されており、甲殻類では、最も高度な個体識別である、複数の他者を個々に識別する真の個体識別(True recognition)の明確な実証には至っていない。しかし、真の個体識別に対する数多くの示唆があり、大きな期待が寄せられている。本発表では、ヤドカリ類を中心とした甲殻類の個体識別研究の概略をまとめ、認知進化生態学的観点から、小さくて賢い(?)彼らの認知能力の一端を紹介したい。


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