| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


第9回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 9th Suzuki Award

日本産陸・淡水産貝類の進化史
Evolutionary history of Japanese land and freshwater molluscs

平野 尚浩(東北大学東北アジア研究センター/大学院生命科学研究科)
Takahiro Hirano(Center for Northeast Asian Studies/Graduate School of Life Sciences, Tohoku University)

種多様性はどのように生み出されるのだろうか?私はこの進化生態学最大の謎とも言えるテーマの解明を大きな目標とし研究を進めている。そのために、古代湖や島嶼などに着目し、新たな環境への進出やそれに伴って生じる生物間相互作用など、遺伝的多様化・表現型多様化のメカニズムについて軟体動物を用いて研究してきた。地球上で2番目に種多様な動物分類群であるとされる軟体動物は、生態や環境を反映し化石として長期的に保存される殻や、性的な相互作用に関連する生殖器など、近縁種間でも多様な表現形質をもつ。このような特性を生かして、分子系統学・集団遺伝学をベースに、野外調査・室内実験・化石を用いた形態解析等を組み合わせた学際的視点で様々な研究を進めている。また、軟体動物は外来種や絶滅など保全上の問題に直面している。そこで、保全生物学・分類学においても研究を進めてきた。

日本をはじめとした東アジア地域は複数の島嶼や古代湖が存在し環境が多様なため、能動的移動能力に乏しいとされる陸・淡水産貝類のホットスポットとして知られている。一方で、その種多様性を生み出すプロセスの実態はほとんど未解明である。そこで、本地域で顕著に種多様化している陸・淡水産貝類の系統関係を解明し、それぞれの系統で特徴的な進化パターンに着目し研究を進めた。例えば、日本列島で種多様化した種群で地理的隔離による遺伝的分化、著しい殻形態の平行進化と生息環境との関連性、そして表現型の多様性研究の際にあまり考慮されてこなかった系統的制約の存在を示した。さらに、南西諸島で種多様化した種群を材料に、能動的移動能力に乏しい陸産貝類の長距離海流分散による分布拡大の可能性と遺伝的分化という希有な例を捉えた。これは分断による地理的隔離だけでなく島嶼成立後の長距離分散という海洋島的側面も、大陸島の動物の多様化に関与することを示す例である。淡水産貝類では、世界の分布域を網羅した系統推定や化石記録も含めた大規模な形態解析等を行った。その結果、場所や年代に関係なく、各地の古代湖で独立して類似した表現型が進化しており、捕食者や生息環境が殻形態や繁殖戦略の平行進化を促し、古代湖の存在が遺伝的多様性の創出に繋がった可能性が示された。以上のように、見過ごされてきた大部分の東アジア産陸・淡水産貝類の種多様化の歴史と要因を、特に生態的・地史的な点から明らかにした。


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