| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P0-102 (Poster presentation)
甲状腺ホルモンは脊椎動物の成長や代謝を制御する重要なホルモンであり、その合成には構成元素であるヨウ素が不可欠である。ヨウ素は海域には豊富に存在する一方で、内陸の土壌や淡水域では乏しい。従って、海洋や沿岸域を利用していた脊椎動物が内陸・淡水域へ進出するには、慢性的なヨウ素欠乏という生理的制約の克服が必要であったと考えられる。では、野生動物の内陸進出を可能にした生理・遺伝基盤とは何であろうか?
本研究ではトゲウオ科イトヨ属魚類を対象に、淡水進出とヨウ素欠乏との関連を検証した。イトヨ属には、淡水域に進出していないニホンイトヨ(Gasterosteus nipponicus)と、その近縁種であり淡水進出・適応に成功したイトヨ(G. aculeatus)の2種が存在する。さらにイトヨには、一生のほとんどを海水域で過ごす祖先型の海型と、一生を淡水域で過ごす淡水型が存在する。これらの純系個体をヨウ素の少ない淡水実験池で飼育したところ、ニホンイトヨでは血中甲状腺ホルモン濃度の低下、脳下垂体の甲状腺刺激ホルモンβ鎖1遺伝子(Tshb1)の高発現および甲状腺組織の肥大が見られた。一方、イトヨでは海型・淡水型のいずれも血中甲状腺ホルモン濃度は高く、Tshb1発現量は低く、甲状腺の肥大は見られなかった。これらの結果から、イトヨはニホンイトヨに比べて、淡水環境下でヨウ素や甲状腺ホルモンを体内に保持する能力が高い可能性が示唆された。
このヨウ素保持能力の違いを生む遺伝基盤を解明すべく、ニホンイトヨとイトヨ淡水型のF2雑種を用いて、淡水環境下での甲状腺組織の重症度および脳下垂体のTshb1発現量のQTLマッピングを実施した。その結果、両形質に共通して8番染色体に有意なピークが検出された。当該領域近傍には、ヒトにおいてヨウ素濃縮に関与する輸送体遺伝子が位置しており、これが魚体内でのヨウ素の保持・再吸収機構に関与している可能性がある。今後は、この生理機構の実態及び原因変異の特定を目指し、さらなる解析を進める。