| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-287 (Poster presentation)
動物媒花植物において、花形質は単なる形態的構造ではなく、訪花者に対して報酬の存在や量を伝えるシグナルとして機能する。花色や花サイズ、模様、香りなどは、花蜜や花粉といった報酬と相関し、訪花者の学習や選択行動に影響を及ぼす。一方、花蜜と直接結びついた器官である距は、これまで主に訪花者の口吻長との対応を通じた「報酬への到達可能性」や「訪花者の制限」という機能的側面から研究されてきた。しかし、距は種によって長さや形状が大きく異なり、視覚的にも顕著な器官であることから、訪花前の段階で報酬の存在を推測させる視覚的シグナルとして機能している可能性がある。この点については十分に検討されていない。
本研究では、距の形態的多様性が大きく、同所的に複数種が開花するスミレ属を対象に、距を含む花形質が訪花者に対する視覚的な報酬シグナルとして機能するかを検証した。複数種について、蜜の有無および蜜量と花形質との関係を調べることでシグナルの信憑性を評価し、訪花頻度との関係から訪花者の応答を検討した。解析は、全種で十分な訪花が確認されたビロードツリアブに重点を置いた。
調査した花の47.3%は蜜量がゼロであり、その割合は種によって異なっていた。蜜の有無や蜜量と花形質との関係は種間で一貫せず、距長、花サイズ、花齢などが種ごとに異なる影響を示した。訪花頻度についても、影響する形質は種によって異なっていた。特にナガハシスミレでは、距の長さが蜜の存在確率および主要訪花者であるビロードツリアブの訪花頻度の両方と正の相関を示した。
以上より、距のシグナル機能はスミレ属に共通する性質ではなく、種特異的に成立していることが示された。距は単なる報酬の格納器官ではなく、送粉者との関係性に応じて進化的に獲得された「正直なシグナル」として機能しうることが示唆された。