| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-376 (Poster presentation)
異なる種として遺伝的に分化した集団の間で、しばしば種間交雑により交雑個体が生まれることがある。特に交雑個体が集団の中で次世代を残すことで、別種のゲノム領域がゲノムの中に定着する遺伝子浸透は、集団の遺伝的な安定性を理解する上で重要な現象である。東京都御蔵島の周辺海域には、およそ160頭のミナミハンドウイルカ (Tursiops aduncus) が定住している。糞由来DNAの解析により、御蔵島集団にはミトコンドリアゲノムの部分配列が、外洋性の生態型を持つ別種のハンドウイルカ (T. truncatus) の遺伝型を示す個体が発見されている。本研究では、御蔵島のミナミハンドウイルカ3個体の全ゲノム塩基配列を決定することで、種間交雑に伴う機能的な遺伝子の浸透が個体の表現型にどのような影響を及ぼしているかを検討することを目的とした。各個体のゲノムワイド変異からクラスター分析を実行したところ、1個体の核ゲノムで、約7%のハンドウイルカ由来の祖先要素が検出された。さらに染色体の局所解析により、この個体の染色体の236部分領域がハンドウイルカに由来していた。これらの領域には、タンパク質の機能に影響を及ぼしうる509個の遺伝子変異が含まれており、特に細胞突起や微小管の構造、グリア細胞の生成に関わる機能に関係していた。細胞の構造や神経の発達に関する遺伝子の変異が交雑由来の領域から検出されることは、種間の生息環境や行動生態の違いが交雑個体で混在している可能性を示唆する。また、遺伝子浸透を厳密に検出するD統計量を計算したところ、3個体すべてで有意な遺伝子浸透 (D > 0.1、|Z| > 3) があることが示された。したがって、御蔵島に定住するミナミハンドウイルカ集団には、複数世代にわたるハンドウイルカからの遺伝子浸透を受けていた。本研究は、異なる生態型を持つイルカの種間で生じる交雑が、集団全体に遺伝子浸透を引き起こすのみならず、特定の個体では表現型にまで影響する可能性を示すものである。