| | 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-226 (Poster presentation)
有鉤条虫Taenia soliumはヒトに致死的な有鉤嚢虫症を引き起こす寄生虫であり、世界的に広く分布する。本種の終宿主はヒトのみであり、ヒトはブタなどの中間宿主動物を生食することで感染する。本種の形態はアフリカのTaenia属条虫に類似しており、アフリカでヒトの祖先種が肉食を始めたことがきっかけとなって宿主転換が生じ、約6万年前に始まったヒトの“出アフリカ”に伴い世界中に拡散したと考えられていた。このような状況の中、我々は2023年に長野県の野生イノシシ2頭の筋肉より、有鉤条虫の幼虫を疑う虫体を得た。その遺伝子解析の結果、有鉤条虫の「出アフリカ仮説」の再検討の必要性を示す所見が得られたので報告する。
まず、種同定のため核DNAのpold、rpb2、pepck遺伝子の配列をPCRおよびサンガーシーケンス法により決定した。これらの配列を用いた系統解析の結果、イノシシ由来の幼虫は有鉤条虫と同一のクレードに属し、有鉤条虫と同定された。次に、世界的に報告されている有鉤条虫の遺伝的グループとの関係を明らかにすべく、Illumina MiSeqによりミトコンドリアゲノム全長配列(13,712 bp)を解読し、世界的に登録配列の多いcox1およびcytb遺伝子の配列を用いてハプロタイプネットワーク解析を実施した。その結果、これまで報告のあるアジア、アフリカ/ラテンアメリカ、ブータンの3つの遺伝的グループに対し、日本の有鉤条虫の塩基配列は1.79-2.05%の相違を示し、その遺伝子型はいずれのグループにも含まれなかった。さらにミトコンドリアゲノムの12個のタンパク質コード領域を用いた系統解析により、日本の遺伝子型は数十万年以上前、最も早期に他の遺伝的グループから分岐していたことが示された。これらの結果は、今回長野県の野生イノシシから得られた有鉤条虫の遺伝子型の分化はヒトの“出アフリカ”よりもはるか以前に生じていたことを示唆している。日本の遺伝子型の存在は、有鉤条虫の起原を明らかにする重要な鍵になるものと考えられる。