| | 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
シンポジウム S15-5 (Presentation in Symposium)
社会性昆虫における繁殖分業は、カースト特異的な発生経路によって実現される社会進化の中核的特性である。シロアリにおけるカースト決定は、これまで主として社会環境や栄養条件などの外的要因によって制御される高度に可塑的な過程と考えられてきた。しかし近年、親世代の状態が子世代のカースト運命を偏らせることが明らかとなり、環境要因のみでは説明できないインヘリタンス基盤の存在が示唆されている。本講演では、分子記憶としてのエピジェネティック状態が世代を越えて伝達され、カースト決定に影響を与える可能性について、理論的・実証的研究の進展を踏まえて論じる。ヤマトシロアリを対象とした研究では、親の繁殖形質や年齢がDNA配列の違いとは独立に子のカースト分化に影響することが示されている。特に、加齢に伴う精子DNAメチル化パターンの変化は、配偶子におけるエピジェネティック状態が世代間で伝達され、発生過程を方向づけることを支持する直接的証拠である。これらの結果は、カースト運命が発生過程における社会環境のみならず、親由来のエピジェネティック情報によっても規定されることを示している。世代を越えるエピジェネティック遺伝は、シロアリにおける持続的な親効果を統合的に理解する枠組みを提供するとともに、単為生殖による女王継承など複雑な繁殖様式の進化を説明する鍵となる。さらに本研究は、表現型可塑性と進化過程を結びつける分子基盤としてのエピジェネティクスの重要性を強調し、古典的メンデル遺伝学を拡張する新たな遺伝観の構築に貢献するものである。