| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨
ESJ73 Abstract


自由集会 W13-2  (Workshop)

ヒトへの恐れがもたらす音声コミュニケーションの変化:ニホンジカを例に
Fear of humans influences vocal communications of sika deer

*江成広斗(山形大), 角田裕志(長野大), 江成はるか(山形大)
*Hiroto ENARI(Yamagata Univ.), Hiroshi TSUNODA(Nagano Univ.), Haruka S. ENARI(Yamagata Univ.)

人に対する「恐れ」(predation risk)が、野生動物の逃避行動・警戒行動・時間/空間ニッチを変化させる事例はよく知られるようになった。また、恐れがもたらす情動反応として、個体間の音声コミュニケーションの変化もあり、対捕食者行動としての警戒声の増加や、不安に関連付けられる種固有の鳴声の増加などが知られているが、研究事例は国内外ともに限定的である。そこで、本研究では、研究例が特に少ない大型陸生哺乳類を対象に、人への恐れがもたらす音声コミュニケーションの変化を評価した。ここでは、ニホンジカを対象に、対捕食者行動や繁殖行動と紐づけられる警戒声(alert bark)と咆哮(howlとmoanの2種)に注目した。音響バイオロギング(生物音響レコーダを搭載したGPSテレメトリ)を用いた筆者の先行研究により、これらの鳴声頻度にかかわる外的要因はすでに明らかになっているが、「恐れ」という内的要因は不明であった。3種の鳴声頻度を評価するために、奥会津と浅間山周辺において、計21か所のモニタリングサイトを用意し、2021年から2024年の秋季にボイストラップによる鳴声録音を行った(総録音時間=23,520 h)。また、同サイトにおけるシカの「人への恐れ」を定量化するために、カメラトラップを設置し、シカの行動が判別可能であった651の動画クリップから、警戒行動頻度を記録した。ボイストラップにより収集した鳴声頻度(計45,139回)を目的変数、警戒行動頻度、オスジカ・メスジカの検知数、気象条件等を説明変数としたベイズ推定による一般化線形(混合)モデルを構築した。その結果、警戒行動頻度(人への恐れ)は、警戒声頻度には影響しないものの、2種の咆哮頻度を有意に減少させた。これは、人に対するリスク回避として、「沈黙(silencing)」という戦術を咆哮(遠方からの検知可能性が高い低音かつ広帯域の音響特性を持つ鳴声)においては採用する場合があることを示唆するものである。


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