| | 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
自由集会 W14-3 (Workshop)
小笠原では外来種の駆除後、在来植物による植栽が必要となる場合があるが、在来植物の遺伝子攪乱を避けるためには、対象種の遺伝構造と来歴の把握が不可欠である。テリハボクは海岸性樹木で、果実は海水中で長期間浮力を保ち海流散布が可能である一方、太平洋地域では油脂・材木・香料・儀礼など多用途に利用されてきた。紀元前1000年頃以降、ポリネシア人が航海カヌーに生活必需植物を積み込み島々へ運搬したことが知られており、小笠原のテリハボクは自然散布と人為移入の双方が成立し得る植物であり、その来歴は未解明のままである。
小笠原では、1827年に来島したロシア調査船に同行した鳥類学者の銅版画にすでに大木のテリハボクが描かれており、人の恒久的定住が始まる1830年以前に定着していたことが示唆される。また、父島および北硫黄島の先史遺跡からはミクロネシア・ポリネシアの石器文化と類似する石器が出土しており、太平洋島嶼との人の往来があった可能性も指摘されている。
在来性の判断がついていないにも関わらず、テリハボクは扱いやすさから植栽に利用されており、その遺伝的背景の解明は管理上の課題となっている。本研究では、小笠原全域のテリハボク個体を対象にマイクロサテライトマーカーを用いて遺伝的多様性と集団構造を解析し、その来歴を遺伝学的に検証した。その結果、複数島で同一の複数遺伝子座遺伝子型をもつ個体が多数確認され、これらを除外しても島間の遺伝構造は認められなかった。さらに、小笠原全域の遺伝的多様性は、グアムの公園1か所から採取された集団よりも有意に低かった。これらの結果は、小笠原のテリハボクがごく少数の創始個体に由来し、島間でクローン移植が行われたことを強く示唆する。一方で、海流散布能力をもつ本種が人間の定住以前に自然到達した可能性も完全には否定できない。テリハボクの植栽利用については、本研究の知見を踏まえ在来性の再検討が求められる。