| | 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第73回全国大会 (2026年3月、京都) 講演要旨 ESJ73 Abstract |
自由集会 W17-3 (Workshop)
野生動物の個体数密度推定は生態学における重要な課題である。特に空間明示型捕獲再捕獲(SECR)モデルは、信頼性の高い密度推定手法として広く用いられている。SECRの主要な要件は観測されたすべての個体の識別が可能なことである。この点でカメラトラップは比較的低コストに個体識別データを取得できるが、識別作業には多大な労力を要し、大規模・長期的適用の妨げとなっている。こうした課題に対し、近年では深層距離学習による識別の自動化が進められている。この手法は画像から個体の特徴を多次元ベクトル(画像特徴量)として抽出し、同一個体間の類似度を最大化するように学習する。しかし、深層距離学習による識別には不確実性が伴い、その出力を確定的な個体IDとして扱うとSECRの推定値にバイアスが生じる。こうした不確実性への対処として、Unmarked SECRの枠組みが参考になる。このモデルは個体識別情報がない状況でも、観測の空間的な偏りをシグナルとして個体IDを推論し、個体数と行動圏中心を同時に推定する。画像特徴量にも同様の発想を適用すれば、空間情報に加え特徴量の類似度も活用でき、より高精度な推定が期待される。そこで本研究では、この着想を実現する新たなSECRモデルを開発した。本モデルでは深層距離学習の出力の不確実性を個体IDの欠測問題として定式化し、特徴量の分布を確率分布として表現した。さらにUnmarked SECRを拡張し、観測位置と特徴量の両方から個体帰属確率を推定可能とした。推論アルゴリズムには、欠測値の復元を反復するデータ拡大法に基づくMCMC法を用い、個体IDを潜在変数としてサンプリングした。モンテカルロ・シミュレーションの結果、深層学習モデルの識別精度の向上に伴い密度推定性能も改善すること、また行動圏の広さに応じて必要な識別精度が異なることが示された。本研究は、深層学習の不確実性を欠測統計学の枠組みで扱う試みであり、生態学固有のデータ構造に対する欠測処理の応用例として議論したい。