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一般講演 F1-10

安定同位体比を用いた沿岸魚類の回遊パターン推定

*福森香代子(愛媛大・沿岸),奥田昇(京大・生態研),柳沢康信(愛媛大・理),山岡耕作(高知大院・黒潮圏)

テンジクダイ類の一種であるクロホシイシモチの雌は,繁殖シーズン中、浅海域で繁殖なわばりを維持する。繁殖終了後,しばらくは群れ生活を送るが,冬季になると,ほとんどの個体が浅海の生息場所から消失してしまう.驚くべきことに,春季になると,標識個体の多くが誤差1mほどの精度で正確に元のなわばりに戻ることができた.これより,雌は冬季の数ヶ月に渡って空間記憶を持続している可能性が示唆されたが,冬季にどの程度の移動を行っているのかは依然として未解明である.

そこで,本種の冬季における回遊経路を推定する目的で炭素・窒素安定同位体比分析を行った.本種は,浅海域の繁殖地では小型甲殻類を主に摂食していた.浅場での生息期間中,δ15Nは12.1〜13.2‰の値を示した.これは二次消費者の栄養段階に相当した.δ13Cは-16.1〜-15.4‰の値を示し,付着藻類の生産に強く依存していることが示唆された.今回,冬季の回遊個体の標本は得られなかったが,同時期に採集された深所性のネンブツダイは浅海性の本種より低いδ13Cを示した.春先に浅海に回帰した直後の個体のδ13Cは,ネンブツダイに近い値を示し,冬季を通じて浅海に残留した少数のδ13Cよりも有意に低かった.その後,回遊個体のδ13Cは上昇し,残留個体と同様の値に近づいた.繁殖地での両者の食性には違いが見られなかった.低いδ13Cは植物プランクトン生産への依存が相対的に高いことを示す.深所性のネンブツダイが低いδ13Cを示したのは,光量に乏しい沖帯底層の高次生産が表層における植物プランクトン生産物によって賄われていることを示唆する.春季に回遊から回帰した個体が同様に低いδ13Cを示したことから,本種は冬季になると沖帯底層に移動し,数ヶ月を過ごすことが推察された.

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