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一般講演 P3-119

タネツケバナ開花反応における地理的変異の分子生態学的研究

*工藤洋,宮城和章(神戸大・理),清水健太郎(チューリッヒ大・理)

アブラナ科植物ではシロイヌナズナを中心に、形質の発現メカニズムと環境応答との関係が明らかとなってきた。このため、表現型可塑性を示すような形質についても、自然集団における適応進化の分子遺伝学的背景を明らかにできる可能性がある。本研究では、アブラナ科タネツケバナの開花応答を対象として、従来の栽培実験の手法で同定された集団間の生態的分化が、形質発現メカニズムから推測される主要遺伝子の転写量レベルで検出されるか否かを明らかにすることを目的とした。タネツケバナは、様々な気候の地域に広く分布する一方で、主要な生育地が水田であり、各地の生育地環境を比較しやすい。水田では、多くの個体が典型的な秋発芽−春開花の越年草の生活環を示す。アブラナ科越年草では、秋条件下で開花が抑制されるためにロゼットが形成され、冬季の低温によるバーナリゼーションを経て春の開花にいたる。本州各地より集めた系統を用いた共通圃場試験により、秋条件における開花抑制の程度には、生育地の気象条件と高い相関を示す地理的変異があることが明らかとなっている。一方で、タネツケバナは異質倍数性の8倍体であり、複数のゲノムセットを持つことが最近明らかとなった。シロイヌナズナで秋条件下での開花の抑制の程度を決定する遺伝子(FLC)が同定されており、その転写量が多いほど抑制が強い。本研究では、タネツケバナがもつ複数のFLCを同定し、配列情報に基づいて、FLCの総転写量を定量するプライマーを設計した。栽培実験で開花抑制の程度の差が最も大きかった2集団由来の個体を用いて、FLC転写量の変異を調べた。その結果、FLC転写量においても、2集団間に分化が生じていることが明らかとなった。このことは、タネツケバナ集団間の生態的分化に、FLCが介在した遺伝子発現系の変異が関与していることを示唆している。

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