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公募シンポジウム講演 S10-2

生物の分布北上は温暖化によって説明できているか?

椿 宜高(京大生態研センター)

地球温暖化が生物多様性に与えている影響を因果律的に証明するのは極めて困難であるので、次の2種類のデータによる推論を行うことが多い。ひとつは桜の開花やツバメの飛来の時期など、生物のフェノロジーの変化をもとに温暖化の影響を示すものである(フェノロジーデータ)。あとひとつは、生物の地理的分布が極方向に移動していることを示すデータである(分布データ)。

フェノロジーデータの場合、温暖化が原因となって生物の季節性に変化が起きたとする因果関係の説明は、比較的説得力がある。毎年同一地点における生物の活動を観察したデータであり、温度以外の変動要因は考えにくいからである。いっぽう、分布データにもとづいた温暖化影響の推論は、根拠がきわめて脆弱である。その原因として、おもに次のことが考えられる。(1)分布北上の定義がきちんとなされずに、つまり帰無仮説なしに分布北上を結論づけている。(2)生物分布に関する情報量はこの30年で急速に増加しているが、情報量の増加を考慮したうえで分布拡大を評価したものは少ない。(3)分布シフトが証拠づけられたとしても、その原因が温暖化であるかどうかはわからない。たとえば、生息地破壊は、温帯では南のほうが進んでいる。(4)生物分布の説明は年平均気温との相関を使って行われることが多いが、地域ごとの季節変化、空間変異、生物の温度耐性や休眠能力などは無視されている。

シンポジウムでは、温暖化による分布北上を実証したとする研究例をいくつか挙げ、その問題点を議論したい。

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