| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第60回全国大会 (2013年3月,静岡) 講演要旨
ESJ60 Abstract


企画集会 T09-4 (Lecture in Symposium/Workshop)

昆虫にとってのクモの網:デストラップとしての建築物

中田兼介(京都女子大)

動物の建築物は、環境変化に応じて柔軟にその特徴を変える事ができ、また一度作られると一定の時間その効果を持続させる事ができる。クモの作る円網は定期的に再建築され、その度に外的内的状況に応じてサイズや形が調整される建築物である。この点で円網は、一度成立すると長期間同じ状態を保つ形態形質と、迅速に環境に反応できるが瞬間的な効果しか持たない行動形質の中間的特徴を持つと言える。

餌捕獲のためのトラップが円網の主要な機能である。このため餌の昆虫にとっては、網とその上で待つクモを認知し回避する必要があり、クモを含む網の視覚的特徴はクモと餌の関係を考える上で重要である。実際、クモの体色に種内変異が見られるギンメッキゴミグモCyclosa argenteoalbaでは、体色のうち銀色部の面積が大きく、目立つ個体の網には餌があまり衝突しない。一方、円網にはしばしば隠れ帯と呼ばれる紫外線領域の光をよく反射して目立つ構造物が作られる。餌昆虫は、ある種のクモの隠れ帯に誘引される場合がある事がわかっている。一方、ギンメッキゴミグモでは誘引の効果は見られず、被捕食リスクの増大に応じて隠れ帯が大きくなる事から、本種の隠れ帯は対捕食者防御の機能を持っている事が示唆される。目立つ事でクモの輪郭をぼやかせたりサイズを大きく見せるなどがそのメカニズムだと考えられる。このことから、本種では目立つ事について、採餌効率と被捕食率に関してトレードオフが見られるだろう。実際、体色の銀色部分の比率と隠れ帯のサイズの間には弱いながらも負の相関が見られ、目立つ体色を持つ個体は網を目立たせる事を避けていると思われる。クモは自らの視覚的特徴の一部を網に担わせる事で、形態形質の持つ可塑性の低さを補償しているのかもしれない。


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