| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第63回全国大会 (2016年3月、仙台) 講演要旨
ESJ63 Abstract


企画集会 T02-4 (Lecture in Symposium/Workshop)

花の匂いが導く種分化–化学生態学と遺伝学の統合的手法が拓く新たな世界

*岡本朋子(岐阜大・応用生物),奥山雄大(国立科学博物館)

花の匂いは特異的な送粉者を呼び寄せるための特異的な信号として働くことが様々な植物-送粉者系で知られており、植物の種分化を引き起こす鍵となった可能性が高い。しかし、花の匂いに限らず特定の形質の変化によって種分化が起きたことを実証的に示すことは非常に困難であり、これまで研究例は極めて限られていた。

ユキノシタ科チャルメルソウ属は日本で多様化を遂げたグループであり、ミカドシギキノコバエが送粉する種と、口器の短いキノコバエ数種が送粉する種の大きく2つのタイプに分けられる。このような送粉様式の違いは、同所的に生育する近縁種間の生殖隔離として働いており、チャルメルソウ属の種分化に重要な役割を果たしていると考えられる。私たちはまず化学生態学と分子系統学的手法を組み合わせることで、この送粉様式の特異性を決定づけているのが、ライラックアルデヒドをはじめとする花香物質であり、さらにこの花香形質の進化がチャルメルソウ属で繰り返し起きたことを突き止めた。そこで、実際に花の匂いという形質に分断化淘汰が働きることで種分化が起きた可能性を探るため、これら花香成分の生合成に関わる遺伝子の単離を目指した。網羅的遺伝子発現解析と組換えタンパク質を用いた遺伝子機能の迅速アッセイ法、さらに雑種F2集団を用いた連鎖解析を組み合わせた結果、目的の遺伝子単離に成功し、予測通り単離した遺伝子のひとつに顕著な分断化淘汰が働いていることが明らかになった。また、系統内で繰り返し起きた花香形質の進化のほとんどは、これらの遺伝子の進化で説明出来た。

このように、チャルメルソウ属は、化学生態学と遺伝学の両方のアプローチから、花の匂いが植物の種分化に実際に寄与した過程を詳細に明らかにできた類い稀な例であると言える。


日本生態学会