日本生態学会

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有明海の環境改善に関する要望書

 いま、有明海の環境には異変が生じている。潮汐力が低下し、干満差が減少する一方で、赤潮が頻発し、貧酸素水域が出現している。このような変化と連動して、二枚貝、魚類、エビ・カニ類の漁獲高が著しく減少し、養殖海苔の生産もかつてない不作に見舞われ、漁業は大きな危機に直面している。また、漁獲対象種以外でも、有明海特産種を含む多くの動物が激減している。このような一連の変化は、過去10年間において特に著しい。

 有明海は、日本の沿岸海域の中では単位面積当たりの生物生産量が瀬戸内海と並んで最大であり、これまで活発な沿岸漁業が営まれてきた。このような沿岸漁業は、九州最大の流量を誇る筑後川など多数の河川から流入する栄養塩に支えられ、一方で有明海に流入した窒素やリンなどの栄養塩を、有明海から除去する役割を果たしてきた。有明海における沿岸漁業の衰退は、有明海を富栄養化し、有明海の環境をさらに悪化させるものである。

 有明海はまた、生物生産力が高いだけでなく、生物多様性に富む海域である。日本の他の海域には見られない特産種が20種以上知られている。このような生物多様性の豊かさは、とくに干潟で顕著である。干満差が大きい有明海には、日本の全干潟面積の約4割に達する干潟が発達している。このような干潟は、多様な内湾生物の生息場所であると同時に、魚介類の産卵保育の場としても、シギ・チドリなど渡り鳥の飛来地としても、日本で有数の豊かな環境であった。しかしながら、有明海の干潟の約14%に相当する諫早湾の干潟が干拓事業によって失われた。さらに、潮汐力の低下にともなう干満差の減少によって、干潟面積は約5%縮小したと推定される。

 有明海の環境悪化は、さまざまな要因が複合的に作用した結果生じたものであると考えられるが、その中でも諫早湾干拓事業が重大な影響を与えている可能性が高い。第一に、1989年の諫早湾干拓事業開始後から、漁獲量の減少、底生生物の減少などが続いている。第二に、1989年の干拓事業開始後から、潮汐力が低下し、干満差が減少している。第三に、調整池内の栄養塩や珪素などが、有明海に流入し続けている。干潟は、バクテリアによる脱窒、鳥や漁業による持ち出しなどによって、栄養塩を除去する機能を持つと同時に、栄養塩を多量にストックする機能を持っている。また、干潟の一次生産力を支えるのは珪藻であり、干潟には珪素をストックする機能がある。

 諫早湾干拓事業によってこのような機能を持つ干潟を消失させたことが、有明海の環境悪化を促進した可能性はきわめて高い。これらの点を考えれば、諫早湾干拓事業をすみやかに中止し、地方自治体レベルをこえた総合的な環境保全対策によって有明海全体の環境再生をはかる必要がある。このような総合的な環境保全対策の実施にあたっては、既存の法律の個別的な運用では不十分であり、有明海の環境再生を目的とした特別立法を行うことが必要である。

 有明海の環境再生を進めるために、環境悪化の原因とプロセスを科学的に解明する必要があることは言うまでもない。しかし、有明海の環境悪化が急激に進行している現実を考えれば、因果関係の科学的解明を理由として対策を遅らせるべきではない。環境改善にとって有効と考えられる対策を早急に実行し、その効果をモニタリングする作業を通じて、環境悪化の原因を解明することが望まれる。このような観点に立てば、できるだけ早く調整池内に海水を導入し、干潟の機能を回復させ、その効果をモニタリングする作業が必要である。

 日本生態学会は、有明海での取り返しのつかない環境の悪化を防ぎ、豊かな漁業生産力を再生させるために、以下の点を要望する。

  1. 有明海全体の環境保全対策を樹立し、その実施を推進するために、特別立法措置をとり、国の責任において環境保全事業を行うこと。
  2. 諫早湾干拓事業をすみやかに中止すること。
  3. 早急に調整池内に海水を導入し、その環境改善効果を調査すること。その為に必要な準備をただちに始めること。
  4. さまざまな人為的な要因が有明海の環境にどのような影響をおよぼしているのかを明らかにするため、徹底した調査を継続すること。

2001年8月27日   日 本 生 態 学 会

送付先:
 農林水産省大臣
 環境省大臣
 国土交通省各大臣
送付日:2001年8月27日

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