日本生態学会

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上関原子力発電所建設工事の中断と生物多様性保全のための新たな調査と対策を求める要望書

 第10回生物多様性条約締約国会議開催国として、日本政府は生物多様性損失を止めるための施策を推進する立場を国際的に表明している。この立場に基づき、国内に残る生物多様性ホットスポットの保全に責任を負う必要がある。この点で、瀬戸内海における生物多様性ホットスポットである周防灘海域の保全は国際的に見て対策が急がれる課題である。

 この海域に位置する山口県上関町長島において、中国電力株式会社(本社:広島市)が原子力発電所の新設を計画している。ここで実施された環境影響評価は、多数の希少種や、絶滅危惧種(ハヤブサ・カンムリウミスズメ・スナメリ・ナメクジウオ・ヤシマイシン近似種・カサシャミセンなど)とそれを含む生態系に与える影響を評価していない点で、不十分なものであった。そのため、日本生態学会は、2000年3月と2001年3月の2度の総会において要望書を決議し、生物多様性の保全と、科学的な環境影響評価を実施することを求めた。その後も自然保護専門委員会および中国四国地区会を中心に要望を重ね、これまでに合計8件(うち1件は日本鳥学会鳥類保護委員会・日本ベントス学会自然環境保全委員会と共同)の要望書、決議書等を、事業者および監督官庁に提出してきたところである。

 これらの要望書は、しかしながら、事業者からも監督官庁からも全く無視され、2008年10月に山口県知事が中国電力に対して海域埋め立て免許を出し、今まさに海域埋め立て工事が着工される寸前に至っている。事業そのものに対する国の認可が出ていないにもかかわらず、すでに、陸上部分では、取り付け道路の整備などの名目で相当規模の山林伐採が進んでいる。海中でも、ボーリングなどの詳細調査の段階から、浮泥の堆積によって海生生物相の劣化や死滅が観察されている。

 最近、当該予定地からは、希少な鳥類であるカラスバト(国指定天然記念物)、カンムリウミスズメ(国指定天然記念物、絶滅危惧Ⅱ類)、ウミスズメ(絶滅危惧ⅠA類)、オオミズナギドリ(山口県準絶滅危惧種、内海の繁殖地としては他に例がない)の生息・繁殖が相次いで確認された。この知見は、これまで知られていた海産無脊椎動物、海藻類、水生哺乳類などにおける豊かな生物相と合わせて、この海域の生態系全体の生物多様性が、大変良好に保持されていることを示している。

 この海域は、瀬戸内海に最後に残された生物多様性のホットスポットであり、しかも、豊後水道に続いているとはいえ、海水が滞留しやすい内海である。この計画がもし押し進められてゆくならば、今までかろうじて残されてきた周防灘の生物多様性と生態系が著しく損なわれることになり、それはまた、瀬戸内海の自然の再生可能性を失うことにもつながる。

 このような状況を踏まえて、日本生態学会は以下のことを要望する。

1.日本国政府は、本年10月に名古屋市で開催される第10回生物多様性条約締約国会議の議長国として、上関周辺海域を含む瀬戸内海の環境保全を国家戦略の中に明確に位置づけ、適切な対策を実施すること。具体的には、上関周辺海域を含む瀬戸内海の総合的な学術調査を新たに実施すること。

2.中国電力は、上関原子力発電所建設計画にかかわるすべての工事を一時中断し、当該海域の生物多様性に関する環境省主導の公正な調査の実施に協力すること。また、当該海域が瀬戸内海の生物多様性ホットスポットであるという事実に照らして、本計画の是非を再検討すること。

以上決議する。
2010年3月18日 日本生態学会第57回大会総会

提出先:中国電力、山口県、上関町、環境省、文部科学省、国土交通省、経済産業省

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