日本生態学会

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京都府亀岡市のアユモドキ生息地周辺における専用球技場開発等に対する要請

日本生態学会 自然保護専門委員会
委員長 加藤 真

 現在、亀岡市の桂川(保津川)沿いの水田地域で進行している京都府専用球技場を含む都市計画公園の建設および周辺市街地開発に関して、日本生態学会自然保護専門委員会は、淡水魚アユモドキをはじめとする貴重な亀岡盆地の氾濫原湿地生態系の保全の観点から深い懸念をもち、開発行為の一時停止と綿密な環境影響評価の実施、そしてそれに基づく事業の科学的、合理的な見直しを求めます。

 京都府中部に位置する丹波高地に発する桂川は、保津峡の狭窄部上部にあたる亀岡盆地で大きな氾濫原を形成し、長い年月をかけて豊かな氾濫原湿地生態系を作ってきました。この湿地生態系の多くは現在水田として利用され、日本列島ではすでに稀となった低湿地特有の植物、昆虫、魚類等を育んでいます。それらには、国の天然記念物に指定され、環境省レッドリストで絶滅危惧IA類に位置づけられている淡水魚アユモドキをはじめ、多数の国または京都府のレッドデータブック掲載種が含まれており、この亀岡盆地の氾濫原湿地生態系は、京都府が全国に誇るべき自然だといえます。
 アユモドキは現在、岡山県の2カ所と亀岡盆地に生き残るのみとなり、桂川に沿った水田地帯が近畿地方では最後の繁殖・生息地となっています。そのため、本種は、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」による保全対象種「国内希少野生動植物種」に指定されており、絶滅危惧種の中でも特別に高い優先度で保全すべき種とされています。
 京都府は「京都府絶滅のおそれのある野生生物の保全に関する条例」により、2008年にアユモドキを「指定希少野生生物」に指定しており、これに基づき、「アユモドキ保全回復事業計画」が策定されています。また亀岡市のおけるアユモドキの生息地は「京都の自然200選」にも含まれ、亀岡市等により実施されてきた各種保全活動をみても、アユモドキとその生息環境が保全上の重要度がとりわけ高い、将来に引き継ぐべき大切な自然として評価されてきたものと理解しています。

 ところが京都府は、平成24年12月に、この亀岡市の水田地帯に専用球技場(大規模スポーツ施設)を建設することを発表し、平成26年5月12日には亀岡市が「京都・亀岡保津川公園」として都市計画決定を行いました。亀岡市が用意する13.9 haに及ぶ都市計画公園は、まさにこの近畿地方唯一のアユモドキの繁殖・初期成育場所に建設されるものであり、この計画が実施されれば、アユモドキの存続にとって不可欠な河川・農業用水路・水田からなる水系ネットワークの大部分が著しく損なわれると予想されます。
 亀岡市は、都市計画公園内に3.6 haの「共生ゾーン」を設置し、アユモドキ等野生生物との共生を図るとしています。そのため、府市は環境保全専門家会議を設け、都市計画公園・専用球技場の整備と自然環境保全を両立させるよう、専門的見地から意見や助言を得るとしています。しかし、当地のアユモドキを含む貴重な生態系は、水田水域のプランクトン等微生物の高い生産性、水系ネットワーク、豊富で清純な地下水・湧水、また地域での営農活動など、さまざまな環境条件が奇跡的に組み合わさって形づくられ、残されてきたものです。そのような生息環境や生態系を、大幅に面積を縮小し、わずかな期間で計画・整備される代償区域によって永続的に保全することができるとは、われわれの長年にわたる全国での研究、保全事例、ならびに当地の現状に照らして、とうてい考えることができません。
 また、地下深くに及ぶ大規模な造成工事、さらにすでに進行している亀岡駅北部の市街地開発工事および工事後の表層・地下水環境の改変は、近接する桂川本流におけるアユモドキの越冬環境を含め、当地の生態系に大きな悪影響をもたらすことが予想されます。環境保全専門家会議においても、現状における都市計画公園とスタジアム建設、そして駅北開発等に対して大きな問題が指摘されていると聞いています。

 専用球技場の建設計画の発表以来、当委員会の下部組織である日本生態学会近畿地区会自然保護専門委員会や日本魚類学会などの学術団体、関西自然保護機構、日本野鳥の会、WWFジャパンをはじめとする10を超える全国の自然保護団体、そして環境省や環境大臣から、本計画の問題点とアユモドキを含む湿地生態系の保全についての要望や意見が提出されています。このように全国規模の反応は実に異例なことであり、いかに今回の計画の内容や経緯が常識を外れたものであるかを物語っています。しかし、京都市および亀岡市は、環境専門家会議からの意見を聞きながら、専用球技場計画と自然環境保全を両立させると主張するばかりであり、その対策内容は依然確定されていません。また当地で計画開始からわずか4年後の平成28年度中の完成を目指すという方針を変更する様子はまったく見受けられません。希少生物を含む生態系保全と復元の難しさに関する認識が根本的に誤っていると考えざるを得ません。
 一方、このたびの都市計画公園と専用球技場の計画発表は、すでに進み始めていた当地における水田耕作の放棄に大きく拍車をかけ、地元自治会からは、これまでのような営農を基本とした自然との共生とは異なる保全方策を求められるに至っています。現実的な対策の根拠がまったくないまま、このような状況を急激にもたらした行政の責任は大きいと言わざるを得ません。また、民間による駅北開発がアユモドキを含む多くの貴重な動植物や湿地生態系に取り返しのつかない悪影響を与えるとすれば、行政の無作為は許されるものではありません。

 京都府では、1960年代にミナミトミヨを絶滅させ、旧八木町においては1980年代後半に、一定の配慮を行いながらも圃場整備事業によってアユモドキを絶滅させた前例があります。京都府と亀岡市はこれを教訓とし、アユモドキの近畿地方からの絶滅を絶対に回避するべきです。アユモドキの絶滅を招く可能性が高く、有効な保全対策が確証されていない中で進められている本計画は、日本の生物多様性国家戦略や生物多様性基本法にも抵触するものといえます。アユモドキの生息に代表されるこの氾濫原湿地生態系を将来にわたり保全し、活用していくためには、科学的な環境影響評価を綿密に行い、関係する国、京都府、亀岡市の行政、地域関係者、市民、専門家が、十分に議論し、連携することが不可欠です。それに基づいて、営農、またはそれの真に代償となる方策を基本に据えた持続可能な共生の形を探っていかなければなりません。

 日本生態学会自然保護専門委員会は、代償策の内容とその実効性に対する科学的な調査検討がいまだ不十分なまま建設計画が進められている状況を深く憂慮し、当地におけるかけがえのない自然環境の将来的な保全に強い懸念をもっています。そこで、(1) 当地周辺域における開発行為を一旦停止したうえで、(2) アユモドキ等希少生物と湿地生態系の保全を目的とした十分な広さの保護区の設定や、(3) 持続可能な共生のしくみの構築、そして (4) 専用球技場の建設位置の見直しを、科学的な調査と合理的な検討に基づいて実現していただくよう、強く要望します。

以上

送付先:京都府知事、亀岡市長

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