日本生態学会

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中津川市岩屋堂の自然を守るための濃飛横断道路計画再考の要望書

一般社団法人日本生態学会
自然保護専門委員会 委員長  加藤 真 
中部地区会 会長  和田 直也

 中津川市千旦林岩屋堂地区には、400年を遡ることができる古い集落があり注1)、その集落の周囲には、潅漑に頼らずに稲作を行うことを可能とした水源林が広がっている。この水源林内の湿地を中心に、環境省レッドリスト絶滅危惧種II類及び岐阜県レッドリスト絶滅危惧種II類に属するハナノキ(ムクロジ科カエデ属)の、日本における個体数の実に半数近くが生育する国内最大の自生地がある注2)。地域住民により歴史的に水源林が守られ、伝統的な里山環境が育まれてきたからこそ、このように大規模なハナノキ自生地が現代まで残されることになったのである。しかし、リニア新幹線の整備計画と連動して、郡上地域から下呂地域を経由し東濃地域に至る約80kmの高規格道路を建設する計画が公表された。この濃飛横断自動車道路計画案は、歴史ある岩屋堂の集落を真っ二つに分断する形で通過することが示されており、この計画は下記のように、ハナノキ自生地をはじめとする東海丘陵に特有な自然と生物多様性に大きな影響を与えると考えられる。

 第一に、道路沿線上にハナノキの分布が認められるだけでなく、近傍に生育している国内最大規模のハナノキ自生地においても、大規模な構造物の設置や盛り土、切り土による地下水脈の変化により、湧水−湿地環境に大きな影響を及ぼすことが予想される。このことは、ハナノキ群落をはじめ、その他東海丘陵に特徴的な湿性植物群落(シデコブシやヘビノボラズ等)注3)の衰退を招くことにつながりかねない。

 第二に、田畑が道路建設によって分断されることにより、田畑への水循環の変化と農作業効率への負の影響が及ぶことが憂慮される。地域住民による農業の営みと水源林の維持管理はこれまでともに欠かすことなく行われてきており、適度な伐採を含む伝統的な里山利用は、明所を要求するハナノキの更新に正の影響を与えてきたと考えられている。農業の衰退により、水源林の維持管理が行われなくなると、ハナノキ群落が縮小していく可能性がある。

 本計画は、以上のような中津川市固有の豊かな自然と文化を大きく損なうものである。一方、岐阜県は、平成20年6月に施行された生物多様性基本法及び平成22年3月に制定された生物多様性国家戦略2010に基づき、10年後の目指すべき姿と関連する施策を定めた『岐阜県の生物多様性を考える−生物多様性ぎふ戦略の構築−』を策定した。この中で岐阜県は、目指すべき理念として、「里地里山の中でも特に保全すべきものについては、公的関与も含めた維持管理がなされ」、「絶滅危惧種について、域外保全も含め、絶滅を阻止する対策が講じられ」るべきであることをうたっている。本道路敷設によって、これまで維持されてきた里山の文化・環境・景観や地域固有種を多く含む特徴ある自然が破壊されることがないよう、日本生態学会自然保護専門委員会および中部地区会は、以下のことを要望する。

  1. 中津川市千旦林岩屋堂地区の中心部を通過する道路計画については、計画道路上及びその周辺に生育している絶滅危惧種ハナノキの日本最大規模の自生地等を保全するため、ルート変更を含めた計画の再検討を行うこと。
  2. 計画を再検討する段階で、道路建設が与える地域の水循環や周辺住民の暮らしの変化を通した絶滅危惧種等への影響も含めて、水文学と植物生態学の専門家を含む委員会等による科学的な環境影響調査を行うこと。

注1:中山道から離れた岩屋堂地区は、辻原地区とともに非常に古い集落であり、その歴史は400年以上を遡ることができる(別紙資料1,菊地2014)。この集落は、潅漑に頼らずに稲作を可能とする水源林が存在したため、明治以降の開拓を待たずに古くから存在したものと考えられる。現在、辻原地区では周辺開発が進み、かつての面影はみられないのに対し、岩屋堂地区では、文政年間に示された家屋や水源林、竹藪などの位置をそのまま現在も認めることができる(別紙資料2)。

注2:ハナノキは、現在、総数2,000個体に満たないと考えられる絶滅危惧種II類(環境省)に分類される植物種である。自生地の多くは50個体以下の小規模なものであるのに対し、この岩屋堂地区には、780個体を超えるハナノキの最大規模の個体群を中心として、近隣に小規模なハナノキ個体群が分布し、全体で850個体を越える規模のハナノキが自生することが明らかにされている(別紙資料3)。

注3:東海地方の丘陵や台地の低湿地及びその周辺には、東海丘陵要素(植田,1989)と呼ばれる植物群が分布している。すなわち、この地域でしか見られない、あるいは日本での分布の中心がこの地域にある湿地性植物群であり、ハナノキやシデコブシ、ヘビノボラズ等の15種がこれに含まれる(植田,1994)。

以上

送付先:岐阜県知事、中津川市長

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