日本生態学会

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高い植物多様性を擁する屋久島の低地照葉樹林の環境保全を求める要望書

 屋久島の植物相は,低地の暖温帯から山頂部の冷温帯までの幅広い環境勾配に沿って,多様な植生の垂直分布が見られることによって特徴づけられます.事実,世界自然遺産登録の際にも,海岸から山頂部に及ぶ植物の垂直分布が特別視され,「堂々たる景観を呈するスギ林の存在」と合わせて「他地域でほとんど失われてきた暖温帯地域の原生林(低地照葉樹林)が特異に残存されていること」が重要視されました(参考資料1).近年,島内の主要河川沿いにおける林齢150年以上の原生的な低地照葉樹林を対象に精力的に実施された調査により,種の保存法で指定された国内希少野生動植物種を含む多くの絶滅危惧植物,ならびにヤクシマソウ,ヤクノヒナホシ,タブガワムヨウラン,ヤクシマヤツシロラン,タブガワヤツシロランなど、低地照葉樹林のみに生育する多数の菌従属栄養植物の新種や日本初記録となる種が見いだされています(参考資料2:絶滅危惧種の生育地情報のためHP上では非公開).屋久島の低地照葉樹林には,菌従属栄養植物以外にも,固有種が多数生育・生息しています1

 このように屋久島の低地照葉樹林,とくに渓流沿いの照葉樹林周辺に絶滅危惧植物や希少植物が多産することは,植物学者の間ではよく知られた事実ですが,これまで環境省や林野庁の行政においては,その保全上の重要性が十分に認識されてこなかったものと考えられます.自然公園法においても,これらの地域の多くは国立公園地域に指定されておらず,保全の対象とされていない現状があります.特に近年,椨川流域や一湊川流域,花揚川・鳴子川流域といった保全上重要な照葉樹林地において,隣接するスギ植林地の伐採に伴う林道,作業道の開設や治山ダム建設が相次いでおり,樹木の伐採や造成自体による生育地破壊,ならびに,その後の表土流出や乾燥化などにより,タブガワムヨウラン,ヤクシマヤツシロラン,タブガワヤツシロランなどの多くの絶滅危惧植物や希少植物が消失の危機に瀕しています(参考資料3:絶滅危惧種の生育地情報が含まれるためHP上では一部抜粋).

 一方でこれらの地域の大部分は屋久島の全面積の80%を占める国有林内であることから,国立公園外であっても森林・林業基本法の理念にのっとり保全計画を立案する必要があると考えられます.例えば,森林・林業基本法では,森林・林業政策の基本理念として,「森林の有する多面的機能の発揮」を第一に規定し,多面的機能の中に「自然環境の保全」を位置づけています.森林・林業基本計画(平成28年5月閣議決定)においては,「生物多様性を保全する場としての森林の役割などを含めた多面的な機能の発揮が一層期待される」という現状認識の下で,生物多様性保全上重要な森林については「森林と人との共生林」に区分して,適切な保全をはかるという方針が設定されました(参考資料4参考資料5).また,生物多様性国家戦略2012-2020では,森林施業現場における生物多様性配慮の具体的施策について,「森林の有する多面的機能を発揮していくため,森林施業に際しての生物多様性の保全への配慮を推進」し,「国有林野においては,保護林や緑の回廊に設定されていない森林についても,その連続性を確保し,天然林は維持」する方針が示されています(参考資料6).屋久島の低地照葉樹林での施業においても,これらの方針に沿って,生物多様性への影響を評価し,適切な保全措置をとる必要があると考えられます.

 こうした状況に鑑み,日本生態学会は,屋久島の低地照葉樹林における取り返しのつかない自然環境の悪化,および生物多様性の消失を防ぎ,この貴重な森林生態系を後世に引き継ぐことを願ってこの要望書の提出に至りました.

1 爬虫類では, ヤクヤモリ. 陸産貝類では, ヤクシママイマイ、クチジロビロウドマイマイ、ウチマキノミギセル、イトカケノミギセル. 植物種ではクワイバカンアオイ, オオバシシラン, オノアイダカナワラビ, ヤクシマカワゴロモなど. ヤクシマカワゴロモは,屋久島では一湊川及びその支流の白川だけに生育する固有種であり,その群生地は国指定天然記念物となっており, ヤクシマカワゴロモ群生地の成立には,周辺の低地照葉樹林の存在が欠かせない.

要 望

 屋久島の低地照葉樹林は,世界遺産登録時のIUCN評価書にも特筆される,日本国内外においても貴重な森林であることを認識し,生物多様性国家戦略2012-2020をふまえ,林野庁,環境省,鹿児島県,屋久島町の関係諸機関の皆様に以下の点を要望します.

  1. 林野庁におかれては,森林・林業基本法,森林・林業基本計画の趣旨にのっとり,生物多様性豊かな低地照葉樹林においてはその保全に配慮した森林経営に努めること.とくに重要と考えられる椨川流域や一湊川流域,花揚川・鳴子川流域などの渓流沿いの照葉樹林については,屋久島森林生態系保護地域への編入等,至急に保全措置を講じること.
  2. 環境省におかれては屋久島の照葉樹林,とくに種の保存法の国内希少野生動植物種や絶滅危惧植物の多様性が高い低地河川流域の椨川流域,一湊川流域,花揚川・鳴子川流域などの渓流沿いの照葉樹林については,現時点での何ら保護の担保が無い現状に鑑み,国立公園地域の拡大,編入や,種の保存法にもとづく生息地等保護区指定などの保全対策に,早急に取り組むこと.
  3. 鹿児島県及び屋久島町におかれては屋久島の低地照葉樹林の価値を等しく認識の上,生物多様性鹿児島県戦略等に準拠し,地域の自然資源の財産として恒久的な保全の策を講じるとともに,国の施策に協力し,とくに森林生態系の保全を重視し,林業事業との整合性に格段の配慮を払うこと.
  4. 屋久島の低地照葉樹林やそれに隣接する地域での伐採,林道・治山ダム建設などの計画にあたっては,計画地域周辺の絶滅危惧植物や希少野生動植物種の分布状況を現地調査によって十分に把握した上で必要な環境配慮を実施すること.必要に応じて林野庁,環境省,鹿児島県,屋久島町などの行政と,地域関係者,市民,専門家が協議する場を設けること.日本生態学会は,絶滅危惧植物・希少野生動植物種の現地調査や協議の場への参加に対して,必要な支援を惜しみません.

以上決議する。
2020年3月7日
第67回 一般社団法人 日本生態学会大会総会

送付先:林野庁長官、林野庁九州森林管理局長、環境省自然環境局長、環境省九州地方環境事務所長、鹿児島県知事、屋久島町長