日本生態学会

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第5回(2001年)日本生態学会宮地賞受賞者

田中嘉成(横浜国立大学環境科学センター・客員助教授)
酒井章子(Smithonian Research Institute,日本学術振興会海外特別研究員)


選考経緯および選考理由

 締め切りの時点で4名の候補者がおられました.うち3名は自薦,1名は他薦でした.今回宮地賞の公告文と細則を改訂して自薦による応募を促すようにしたことの効果が表れたと思われます.資料を選考委員会委員の全員に送付し,また候補者のそれぞれについて選考委員の2名ずつがとくに詳細に論文を検討しました.
 11月30日に,東京大学農学部で選考委員会をもちました.
 まずそれぞれの候補者の研究内容やオリジナルな点,国際性,今後の展開の可能性,分野の主要課題,分野の中での本人の業績の位置付け,などについて詳細に検討を行いました.
 宮地賞の対象範囲についても議論しました.価値の確立したまとまった業績をあげた中堅研究者にするか,若手で精力的に研究を展開している研究者にするかは,いずれも意義があり総合的に判断するべきものとしました.
 また昨年の委員会にて議論になった生態学会での活動歴についても検討しました.
 今回の候補者は4名とも宮地賞に十分に値すると判断しました.

 審議の結果,上記の2名を第5回宮地賞の候補者とすることになりました.

 田中嘉成さんは,学部時代から現在にいたるまで一貫して,量的遺伝学にもとづいて適応進化を捉えなおす理論的・実験的な研究を追求してきました.量的遺伝学の手法を用いて,性選択,社会進化,生活史進化など,生態学・行動学的現象の進化と取り組み,社会選択仮説など,国際的に評価される仮説をいくつか提唱しました.また新しい突然変異に有害性がある場合の遺伝分散の評価なども重要な業績です.それらの研究業績は American Naturalist, Evolution, Genetica などに多数掲載されています.
 田中さんは,この分野では国際的なレベルにある中堅の研究者といえます.
 また最近は環境中の化学物質の影響評価を生物集団の絶滅リスクで評価する方法を開発したり,有害突然変異の蓄積による集団絶滅の可能性を解析するなどオリジナルな研究を展開しています.
 その一方で,田中さんは生態進化を量的遺伝学の定式化で迫るアプローチについて啓蒙活動を精力的に行ってきました.日本の生態学者の多くは,量的遺伝学にもとづくアプローチを,田中さんの書かれた総説論文かもしくは田中さんが訳されたファルコナーの「量的遺伝学入門」を読んで学んだといってもよいと思います.このことも高く評価されました.

 酒井章子さんは,熱帯における植物ー送粉者相互作用について野外調査を行い,最近,興味深い論文をAm. J. Bot.などに発表している若手研究者です.京都大学の生態学研究センターの熱帯林研究グループの主要メンバーとして精力的に研究をすすめてきました.東南アジア湿潤熱帯に特有な群集レベルでの一斉開花現象について,長期間かつ大量の樹木のフェノロジー観測により,その実態を初めて明らかにしました.熱帯樹木の一斉開花について,酒井さんは,送粉促進仮説が重要と唱えています.ことに,送粉者を共有する樹木が同期して開花することによって,種を越えた同期の利益がもたらされるとする魅力的な仮説を提唱しました.
 その検証は今後の課題ですので価値の確定した業績とは言えませんが,今後の熱帯林研究をリードする有力な仮説となることは間違いありません.
 このほか,ショウガ類の送粉特性をはじめ,熱帯の植物の送粉者とのかかわりについても精力的に研究をすすめています.
 以上のことより,将来有望な若手研究者と判断されました.

 最終的に残らなかった他の2名の候補者も,それぞれの分野でオリジナルな研究を展開し非常に多数の優れた論文を執筆しており,宮地賞の候補者として十分に値する研究者です.
 また前回の選考において有力であった候補者で,今回は応募(推薦)されていない方がいるとの意見が出されました.ですから今回最終的に残らなかった候補者も,次回に再応募(もしくは再推薦)していただきたい,と思います.

第5回日本生態学会宮地賞受賞候補者選考委員会委員長  巌佐 庸
2001年3月29日

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