日本生態学会

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第1回(2008年) 日本生態学会大島賞受賞者

古賀庸憲(和歌山大学教育学部)
正木隆(森林総合研究所森林植生研究領域)


選考理由

古賀庸憲氏
 古賀氏は、スナガニ科の交尾行動を研究し、被食リスクと代替交尾行動の関係を明らかにしてきた。たとえば、シオマネキの一種を用いて異なる被食リスクのもとで代替交尾行動の割合が変化することを明らかにした。また、コメツキガニに見られる2種類の交尾行動が、高リスク高報酬と低リスク低報酬の条件付き戦略の行動多型であることを不妊化野外実験などを用いてあきらかにした。このように、彼の研究成果は、半生をかけた野外実験観察の積み重ねの産物であり、性淘汰と捕食圧の拮抗を具体的に示したものである。二次的な性形質が捕食圧にさらされて変化するという現象は、基本的でわかりやすい研究成果であり、教科書に載るような洗練された成果である。初期のProc.Roy.Soc.Lond.Bに1998に掲載した論文は40回以上の被引用件数を数えて高く評価されている。また2007年に生態学会誌にすぐれた総説や解説も書いており、これらは長期に渡る研究の成果である。
 以上の諸点から、大島賞候補に相応しい候補者として推薦する。

正木隆氏
 正木隆氏が長期にわたり取り組んできた小川学術参考林は、多くの研究者によって維持され、長期モニタリングを行うと同時に様々な独自の生態学的研究課題を育み、成果を上げてきた。正木氏の研究成果も、小川学術参考林での20年間のミズキ研究が培ったデータに基づき、森林の長期的なダイナミズムをあきらかにしたものである。まさに、長期研究によるデータの有効性と、本人が得た数年間のデータ蓄積を活かしてEcology誌に掲載した当時若手の研究者の取り組みの成果ということができる。
 彼の研究はそれにとどまらず、1998年のデータでそれまでとは違うパターンを見出し、過去の学説が不十分であることに気付いている。その解は今後の課題だが、このような長期研究から培われた一貫した研究を自分とグループの成果としてまとめる姿勢は、生態学の発展において貴重なものと高く評価できる。
 すなわち、正木氏は、長期生態観測をめざす試験地を20年近く維持しながら、ミズキの種子散布研究の成果を折々に発表し続けてきた。長期研究の重要性を身をもって示し、自らの研究成果として結実させたことは、小川プロジェクトの担い手のみならず、今後の長期研究に取り組む者の一つの模範である。このような成功例に続く若手研究者が現れることも期待できる。
 以上の諸点から、大島賞候補に相応しい候補者として推薦する。

<選考経緯>
 本賞は初めて受賞者を出す賞であり、どのような候補者がなぜこの賞に相応しいか、慎重に議論を進めた。細則 には中堅研究者を対象とすることが明記されているが、「野外における生態学的データの収集を長期間継続しておこなうこと」については対象の一例であり、他にどのような顕彰対象があるかは選考委員会に委ねられているとみられること、宮地賞細則にある「生態学の優れた業績を挙げた」という表現と異なり、本賞細則の授賞対象が「生態学の発展に寄与している」という表現に留まっていることも考慮した。

 応募者の中には、グループで長期研究調査地に係わっているが、必ずしもその長期研究の中心人物と言えないとみられる応募者もいた。グループ全体を授賞対象とすべきだという意見もあった。しかし、長期研究プロジェクトの場合、メンバーの入れ替わりなどによって責任の所在や関係者の範囲が認識しにくいこともある。また、グループとして受賞した場合、同じ調査地から二度と受賞者が出ないと受け止められればかえって後進の長期研究の意欲を損なうのではないかという懸念もあった。議論の結果、授賞対象はあくまでも個人研究であり、長期研究プロジェクトなどに係わることによって自らの独創的な研究課題、作業仮説などを得て、地道な努力によって成果を上げた者を顕彰すべきであるという見解に至った。したがって、同じ調査地から繰り返し受賞者が出ることは何ら排除されるものではなく、調査設計のデザインが優れていれば、数多くのすぐれた業績を上げる個人が輩出する可能性もあり、それもまた望ましいことと言えるだろう。ただし、個人の優れた研究成果が取り組んだ長期研究と結びついていることが望ましいとの意見があった。

 他方で、必ずしも長期大規模研究だけを本賞の対象とすべきではないとする意見もあった。若手のときに早くから高い評価を得にくい分野で、宮地賞候補者に残りにくい取り組みをする者を積極的に顕彰すべきであると議論された。例えば、流行の変遷に左右されずに個人として一貫した研究を続け、完成度の高い研究成果を挙げた者は大いに評価すべきと判断された。今回の候補者以外にも、これに該当する優れた候補者がいると思われるが、今回の受賞により、多くの応募者が現れることが期待できる。

 今回はこれらの趣旨に沿う候補者を1名ずつ選んだが、他のタイプの受賞対象者を排除するものではない。上述の若手の頃に宮地賞の対象になりにくい顕彰対象は、ほかにもあると思われる。

 大島賞については、今回初めて受賞者が出ることでもあり、今後の実績によってさまざまな顕彰対象が具体化していくと思われる。今回の応募者の中では、他にも上記の趣旨に合う、優れた業績を持つ応募者がいたが、一方のタイプの研究者だけに偏るべきでないという意見もあった。半生をかけた研究課題としての完成度を高めて再度の応募に期待する。被引用度指数などで見て、すでに若手のほうが優れている場合もあり得るだろう。しかし、このような指標に優れた研究だけが生態学の発展に必要なわけではない。あくまで研究上の価値を評価することに変わりはないが、生態学の基盤を広げ、多様な研究者集団を奨励し、特に若い頃に顕彰機会が少なかった中堅研究者に機会を与えることが重要である。本賞の選考過程そのものが、本学会と生態学の発展を支えるものとせねばならない。

選考委員:松田裕之(委員長)、粕谷英一、河田雅圭、工藤岳、齊藤隆、柴田銃江、杉本敦子、竹中明夫、東正剛

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