日本生態学会

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奄美大島嘉徳海岸における護岸建設の更なる見直しと科学的モニタリングを求める要望書

一般社団法人日本生態学会 自然保護専門委員会委員長 和田直也
日本ベントス学会 自然環境保全委員会委員長 佐藤慎一
一般社団法人日本魚類学会 自然保護委員会委員長 森 誠一

 嘉徳海岸は、日本の亜熱帯域では数少ない非サンゴ礁性砂浜を有する海岸であり、海と陸・海と川との連続性が良好に保たれたエコトーン(移行帯)として、そして、多くの絶滅危惧種を擁する極めて生物多様性の高い場所として、奄美大島だけでなく全国でも例のない貴重な自然海岸です。この嘉徳海岸の砂浜を永続的に保護する方策を科学的に検討されるよう、私たち3学会は「奄美大島嘉徳海岸の護岸建設の見直しを求める要望書」を、2018年9月3日付けで鹿児島県知事並びに鹿児島県議会議長に提出しました。さらに、日本ベントス学会からは、嘉徳海岸の侵食対策事業について、公表されている検討委員会(事務局:鹿児島県大島支庁瀬戸内事務所建設課)の結論等を精査した上で、「奄美大島嘉徳海岸の希有な自然の継承のための、護岸によらない砂丘機能の復元と維持管理を求める要望書」を、2019年3月9日付で提出しました。しかしながら、これらの要望書に対する応答や具体的な対応策の公表がなされないまま、2017年当時の計画に基づいて本年2月14日に護岸工事の本格的着工がなされました。

 要望書を提出してから現在に至るまでの間に、護岸工事による侵食防止機能の再評価や嘉徳海岸を含む流域に生息する希少種等について新たな知見が得られ、本地域における生物多様性の価値や保全の必要性がさらに高まったといえます。私たち3学会は、下記の理由により、以下の3点を改めて強く要望いたします。

  1. 現在行われている工事を即刻中断するとともに、嘉徳海岸における砂丘復元状況を科学的に検証した上で護岸建設計画を改めて見直し、生態系を活用した防災・減災(Ecosystem-based disaster risk reduction;Eco-DRR)対策をさらに導入する等、砂浜を含む嘉徳海岸の貴重な生態系が未来に残されるために真に有効な解決策を策定すること。
  2. 有効な解決策を実施する場合においても、その実施前には生物調査を必ず行い、嘉徳海岸の生物多様性と生態系への影響を科学的に予測するとともに、専門家を含む委員会を設け、実施中・事後も環境調査を継続してその結果を公表し、必要な場合は環境・生態系保全のための対策を講ずること。
  3. 上記の2項目について具体的な回答を公表すること。

 2018年および2019年に提出した要望書以降、嘉徳海岸を含む水域の景観価値は変容し、さらに護岸工事による侵食防止機能の再評価、嘉徳海岸を含む流域に生息する希少種等に関する知見が提出されています。今回の要望書の提出理由となっているこれらの知見について以下に示します。

【景観価値の変容―緩衝地帯への編入―】

 2021年7月の奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産登録に際し、世界自然遺産の諮問機関である国際自然保護連合(IUCN)は、奄美大島で唯一人工物がない嘉徳川と嘉徳海岸を高く評価した上で、これらを一体的に保全するよう勧告し、環境省は嘉徳川下流域と嘉徳浜を緩衝地帯に編入しました。このような場所での工事計画においては、わが国の行政計画(生物多様性国家戦略、国土形成計画、国土利用計画、社会資本整備計画等)において、その重要性と必要性が明記されている「生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)」の考え方が取り入れられるべきです。世界自然遺産を保全するための重要な緩衝地帯でありながら、Eco-DRRについて考慮されていない工事のあり方は、自然遺産としての資産価値および観光資源としての価値を大きく損なう可能性が大きいと考えられ、さらに世界自然遺産の登録抹消につながる懸念もあります。

【護岸工事による侵食防止機能の再評価】

 嘉徳海岸における海岸砂丘の現状評価ならびに検証可能な長期予測に基づいて既計画護岸の効果を解析した海岸研究室有限会社の報告(海岸研究室有限会社,2021)では、海岸砂丘は復元していること、既計画護岸は防護、環境、利用のいずれにおいても有害である可能性が指摘されています。上記のEco-DRRの観点に立てば、この報告書の内容は無視できるものではなく、計画されている人工護岸の侵食防止機能について、再評価を行う必要性があると考えられます。

【リュウキュウアユの存続に対する懸念】

 嘉徳川では、環境省レッドリストの絶滅危惧IA類であり、奄美大島における水域保全の象徴的存在でもあるリュウキュウアユが健全な個体群を形成しています。嘉徳川のリュウキュウアユ個体群は住用湾に注ぐ河川の個体群とは交流が少ない可能性が指摘されており(小黒ら,2018)、嘉徳川および嘉徳湾での再生産が重要です。リュウキュウアユは仔稚魚期を河口あるいは沿岸海域で過ごして成長し、成長に伴って河川に遡上する両側回遊性の生活史を有しています。これらが健全な個体群として維持されるためには、仔稚魚が生活する河口部を含む砂浜海岸が良好な形で維持される必要があります。

【スジエビCタイプの唯一の生息地】

 嘉徳川に生息するスジエビは、今までに日本列島で知られているAタイプやBタイプではなく、これらとは遺伝的に大きく異なる奄美大島固有のCタイプであり(張ら,2018)、その生息場所は嘉徳川の河口から中流域にかけてのみであることが判明しました(武田・池田,2022)。そして、日本列島のスジエビ2タイプとは約300万年前に分かれたこと、その浮遊幼生は海水を含む河口付近あるいは付近の沿岸海域で成長している可能性が高いことが示されています(武田・池田,2022)。この結果は、Cタイプの存続のためには、上述のリュウキュウアユ同様に河口部を含む砂浜海岸が良好な形で維持される必要があることを意味しています。また、本年3月初旬の新村安雄 氏(リュウキュウアユ研究会代表)と地元有志の調査によれば、嘉徳川河口付近に流入する金久川の合流地点で多くの抱卵雌の生息が確認されました。まとまった数の抱卵雌が発見されたのは初めてのことであり、この地点がCタイプの繁殖場所と考えられます。しかし、その繁殖場所と考えられる河口付近で工事車両通行のためのコンクリート製のボックスカルバートがまさに埋設予定となっており、この工事が行われればスジエビCタイプが絶滅してしまうことが危惧されます。さらに、ボックスカルバートから流出する化学物質が、スジエビCタイプやリュウキュウアユを含めた河口周辺の水生生物の生存を脅かすことも懸念されます。

以上

引用文献

張 成年・柳本 卓・丸山智朗・池田 実・松谷紀明・大貫貴清・今井 正 (2018) スジエビPalaemon paucidens の遺伝的分化.日本生物地理学会報 73: 1-16.

海岸研究室有限会社(2021)嘉徳浜調査会資料.

小黒環・安房田智司・武島弘彦(2018)生態調査と大規模DNA分析から明らかとなったリュウキュウアユのメタ個体群構造.日本生態学会第65回全国大会 (2018年3月、札幌) 講演要旨,企画集会,T08-4.

武田真城・池田 実(2022)奄美大島と加計呂麻島におけるスジエビPalaemon paucidens Cタイプの分布と遺伝的特徴ならびに幼生の海水要求性. 水生動物 2022:1-20.