日本生態学会

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第15回(2009年) 生態学琵琶湖賞受賞者

中村太士(北海道大学大学院農学研究院)

主要業績

 集水域生態系、特に水辺林と河川の相互作用に着目して研究を続けてきている。その結果、河川の撹乱頻度に伴う物理・化学的環境条件が水辺林の主要樹種の生育場所を決定する要因として重要であることが示され、河川の変動によって植物の生育場所が動的なモザイク構造(シフティング・モザイク)によって維持され、水辺林の多様性が維持されていることを明らかとした。また、この水辺林が河川環境に及ぼす物理・化学的影響についても定量的に評価した。また、高度経済成長期の農地開発に伴って水辺林が消失したことから、河川環境に大きな影響を及ぼしたことを明確に示すとともに、管理のあり方について検討した。また、釧路湿原に関しては、現地調査と衛星画像解析により、流域からの汚濁負荷が氾濫源植生の変化を引き起こしていることを明らかとした。

主要な知見

 水辺林が河川生態系に及ぼす影響(水温、有機物供給など)を定量的に明らかにした。これは、水辺林と河川の相互作用研究のパイオニア的研究である。特に、流木等の大型粒子(LWD)として河川に供給される有機物の量については、信頼に足る実測値、推定値がなかったが、131にのぼる貯水ダムに集積する流木のデータから、世界初の解析を行った。その結果、LWDが全有機炭素流出量に占める割合が、流域面積に従って変動すること、中規模の流域で最大値を示すが、そのとき粒子状有機炭素の36.8%を占めることなどを明らかとした。網状流路が持つシフティング・モザイクが、水辺林に特徴的な樹種の生育環境を提供しており、河川の撹乱頻度が樹種の特性と同調的であることを明確に示した。
 これら水辺林の機能と構造に関する科学的、定量的解析の結果を通して、流域生態系の修復など、順応的生態系管理の基本的な考え方を提唱した。

学術的・社会的貢献と今後への期待

 水辺林と河川の相互作用の定量的研究は、河川生態学だけではなく、環境保全を目指した社会活動にも大きく貢献している。撹乱を含んだ長期的な計画が水辺林保全に必要であることを科学的根拠に基づいて示すことに成功したが、これは、治水目的でダムなどの構築物に頼ってきた河川管理から生態系保全を重視した管理への転換の先駆けとなった。また、流域における土地利用変化が、自然度が高いとされる北海道の河川流域においても魚類生息環境の悪化や植生の変化などを引き起こしていることを明確とした。このことが北海道のみならず全国規模での自然再生事業のきっかけとなるなど、社会的貢献はきわめて大きい。さらに、具体的な個別の自然再生事業(標津川や釧路川など)にもかかわるなど、学術的貢献と社会的貢献のバランスを取りながら活動が継続されており、今後さらなる展開が期待できる。

選考委員会メンバー:花里孝幸(委員長)、中西正巳、吉岡崇人、巌佐庸、田辺信介、谷田一三、國井秀伸、山室真澄

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