日本生態学会

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第4回(2006年)日本生態学会賞受賞者

松本 忠夫(放送大学・教授)


選考理由

 松本忠夫氏は,シロアリ類を中心に社会性昆虫の進化や森林生態系内での役割について傑出した研究業績をあげてこられた.1970年代には,マレーシア・パソの熱帯雨林でシロアリ類の個体数密度,現存量,炭素量,窒素量,カロリー量,呼吸量などを綿密に測定し,熱帯雨林におけるシロアリの優占性と物質循環に果たす役割を,世界に先がけて具体的な数値で明確に示した.1980年代には,シロアリとその近縁系統であるゴキブリ類における社会性の進化に注目して研究を進めた.この過程で,それまで単独性と考えられていたオオゴキブリ類で家族性の種を発見し,とくに,シロアリの祖先系統と考えられていたキゴキブリ類に生態的に近いクチキゴキブリ類での亜社会性の発見は,世界の注目を集めることになった.1990年代に入って,各種ゲノム計画の進展とともに扱いが容易になった分子生物学的手法をいち早く取り入れ,ゴキブリ類,シロアリ類,アリ類の社会構造や系統関係の解析に取り組んだ.とりわけ,塩基配列判読による分子系統解析にとどまらず,ディファレンシャル・ディスプレイ法などのさらに高度な分子生物学的手法を導入し,社会性昆虫研究の究極的な課題であるカースト分化機構の解明にまで,研究を発展させた.
 研究成果は,Oecologia, Sociobiology, Proceedings of the National Academy of Sciences (USA), Ecology, Evolution, Journal of Molecular Evolution, Ecological Researchなどに81編の論文としてまとめられている.
 松本氏は,多くのすぐれた著書,教科書を執筆あるいは編纂され,生態学教育の発展にも多大の貢献を果たされた.また,そうした学術上の功績を背景に,日本生態学会で幹事長をはじめ,全国委員,編集委員などを歴任され,学会の50周年時には50周年記念事業委員長として事業のとりまとめに尽力された.社会性昆虫学の国際組織であるInternational Union for the Study of Social Insects(国際社会性昆虫学会)では会長を4年間つとめられ,とくに2002年に札幌で開催された第14回大会では大会会長として活躍された.日本学術会議では,第18期,19期の会員として生態・環境生物学研究連絡委員会およびSCOPE専門委員会を運営し,関連分野の発展に大きく貢献された.
 以上のように松本氏は,研究業績,国際性,指導性,いずれの点においても高く評価でき,選考委員会は,同氏を第4回(2006年度)「日本生態学会賞」受賞候補として選定した次第である.

選考経過
 今回,受賞候補者の推薦は2件あった.もう一人の被推薦者もすばらしい研究業績をあげておられ,また生態学会の中での活躍もめざましい.このどちらの方を生態学会賞の候補者として選ぶかは,たいへん難しい仕事であった.
 選考の過程では,生態学会賞とは何なのか,これまで受賞されてこられた方はどのような選定基準で選ばれたのか,功労賞とはどの点で違うのか,などの議論がなされた.生態学会賞でも生態学会に対する貢献が重要な評価基準になるのではないか,とも考えられたが,もし今後,そうした点を考慮して選定していくとなると,ある年齢層に達した人たちを対象に「持ち回り的に」候補者選びをすることにもなりかねない.それは避けるべきであり,生態学会賞の質や存在価値を高めるためには,やはり研究業績を中心に選定していくべきであろう,という点で合意した.
 さてしかし,その基本合意にたって被推薦者2人の研究業績を検討してみると,研究分野が異なるだけに甲乙つけがたいものがあり、選考委員の中でも意見が大きく分かれた.結果的に年齢の若い方が選考にもれたが,今後のさらなる活躍を期待する意味では、生態学会賞はむしろ年齢の若い方を優先すべきではないか,という議論もあった.しかし最終的には,生態学と生態学会の発展に今後も指導的立場としてさらにご活躍いただくことを期待して,松本氏を生態学会賞候補者として選定するに至った.選考にもれた方についても、来年以降に再度推薦されることが強く望まれる。
 以上のような経過ではあったが,本選考委員会は,生態学会賞の質や存在価値の向上のために,今後,より積極的な受賞候補者の推薦が必要であろうとの合意を得た.そのためには,昨年の生態学会賞の選考経過の中にも記されているように,多くの被推薦者の中から候補者を選出できるよう,推薦委員会のようなものを設置するする必要があるのではなかと考えられる.ただし,その場合でも現在の公募制度は残し,また,推薦委員会委員の選定にあたっては分野などに片寄りが生じないよう配慮する必要がある.今後,全国委員会などで議論し,よりよいあり方が検討されることを望みたい.

選考委員会委員(五十音順):占部城太郎,粕谷英一,工藤 岳,中静 透,東 正剛,樋口広芳(委員長)

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