日本生態学会

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第25回(2021年) 日本生態学会宮地賞受賞者

桜井 良(立命館大学政策科学部)
辻 かおる(京都大学生態学研究センター)
深谷 肇一(国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター)
佐々木 雄大(横浜国立大学大学院環境情報研究院)


自薦3名・他薦6名の計9名の応募があった。どの応募者も一定数以上の業績を上げていたことから、審査にあたっては、研究の独自性や、当該分野への貢献度・波及性、新しい領域を切り開いたかどうか、が重視された。「原則として3名の受賞者を決定する」となっている宮地賞だが、最終的には特に優れていた桜井 良、辻 かおる、深谷 肇一、佐々木 雄大の各氏、計4名を選出することになった。
今回惜しくも受賞に至らなかった応募者も、今後研究をさらに深化させ、業績やキャリアに見合った賞に再チャレンジしてほしいとの委員全員からの期待についても強調したい。

選考理由

桜井 良 氏
桜井氏は、日本では未開拓の野生動物保護管理におけるヒューマンディメンジョンという研究アプローチを専門とし、野生動物や環境に対する人の意識、政策の選好性、これらに関する社会心理学的検証などの研究を行ってきた。近年、国内では野生動物と人との関係が大きくクローズアップされている。かつては保護対象だった野生動物が人に直接間接の被害をもたらす現象については、密度管理の視点だけでは、解決に向けた最適解を得ることができない。このような問題に対して桜井氏は、地域住民の野生動物に対する許容性を明らかにしたり、直接的密度管理者である狩猟者にアプローチしたりするなど、野生動物にかかわる人々の意識を明らかにすることによって合意形成の在り方を探り、適切な保護管理手法を見出そうとしている。独創性の高い氏の研究アプローチは、応用的な重要性も高く、現在困難を極める日本の野生動物管理のブレークスルーになると期待される。また応用面において人々の理解の醸成の重要性に気づき、市民科学や環境教育においても精力的に普及と実践を行っている。応用生態学、特に環境保全分野において、今後の当該分野をリードする研究者になりうると期待される。以上のように桜井氏は、ヒューマンディメンジョンという生態学の新たな分野における優れた研究者であり、宮地賞の受賞者として相応しいと評価する。

辻 かおる 氏
辻氏はこれまで一貫して、多くの動植物の「雌雄」にみられる形質の違いが、種間相互作用や群集形成過程に及ぼす影響を解明してきている。例えば、ヒサカキの花を食害するシャクガの一種(以下、シャクガ)の幼虫が、ヒサカキの雄花のみを利用することを発見し、その原因が、雄花に比べてフェノールやタンニン等の含有量が高い雌花を食べたシャクガのメスはほとんど成虫になれないためであることを実験的に示している。また、シャクガは、ヒサカキの雄花に対する産卵選好性を進化させていることや、ヒサカキはシャクガに対して雌花特異的な食害防御戦略を進化させていることを、広域な分布調査と摂餌実験を通して解明している。一連の研究は、雌雄の形質の違いを通した種間相互作用という興味深いテーマを推進するとともに、性に関連した種間相互作用を介した形質進化にも洞察を与える独自性の高い研究である。辻氏は近年、ヒサカキの花の蜜中に生息する微生物を分析し、訪花昆虫の訪花頻度や順序に依存して、雄花と雌花で大きく異なる微生物群集が形成されていることを実験的に示している。これは、雌雄の花形質の違いが、群集形成過程の理解にも繋がることを示す先駆的な研究である。また、性的二型と種多様性の関係について、系統進化と種間相互作用の視点を融合する新たな検証方法を提案している。性による形質の違いについては、これまで進化や個体群動態への影響等に関する研究が多く蓄積されている。一方で、性による形質の違いが種間相互作用や群集形成過程に及ぼす影響については、想像に難くないにも関わらず、実証例は非常に少ない。このことを実証し、さらに生態学の一般理解に繋げようとする辻氏の一連の研究は、非常に独自性が高く、また今後の発展性も大いに期待できる。以上の理由から、辻氏は、宮地賞を受賞するに相応しいと評価する。

深谷 肇一 氏
深谷氏は、最先端の統計モデリングの手法を用いて、岩礁潮間帯の固着性生物の個体群・群集動態の駆動因、環境DNA分析による海産魚類の個体数推定、さらには広域スケールでの木本類の種数個体数分布の解明といった顕著な研究成果をあげている。生態データの統計モデリングにおいては、空間構造や観測誤差をどのように扱うかという問題が常につきまとう。そういった問題に対して、深谷氏は、状態空間モデルによって、複数地点で複数年に亘って観測されたフジツボの一種の個体数データから、個体群成長率を規定する密度依存的・非依存的なプロセスを検出できることを提示した。また、固着性生物の定点観測における「観測誤差」を考慮する空間明示的な統計モデルによって、各種の空間占有種の推移確率を正確に推定する新たな手法を開発している。これらの成果は、移動性の低い動植物に広く適用可能な統計モデル手法を提案したものであり、個体群生態学・群集生態学一般への貢献度が非常に高い。深谷氏は近年、量的な評価は困難とされていた環境DNA分析のデータから、海産魚類(マアジ)の個体数を推定する手法を提案している。これは、水域における生物量推定研究の試金石となる成果である。また、大規模に集められた植生プロットの観測データを統合する統計モデル手法を開発することで、日本全域の自然林における木本類の種ごとの個体数を推定することに成功している。この成果は、生態学の主要課題の一つである種個体数分布に新たな理解をもたらすことに加えて、森林の保全・管理計画に資するため、基礎と応用科学の両面で大きな意義をもつ。以上のように、深谷氏は、先端的な統計モデリング手法を通して、生態学の進展に大きく貢献してきており、日本生態学会宮地賞の受賞者として相応しいと評価する。

佐々木 雄大 氏
佐々木氏は、自然や人為による撹乱が、生物多様性の安定性や生態系機能に与える影響について、モンゴル草原等を研究対象として活発に研究され、多くの業績がある。生物多様性の安定性やその生態学的意義においては、理論的な研究が多くある一方、実際の自然生態系での検証例は限られているが、佐々木氏は、先行研究を踏まえた上で、フィールドワークと高い解析力によって、着実に研究を重ねてきた。これらの成果は、45本の英語原著論文としてまとめられ、筆頭著者の論文も24本あり、総引用数は2,200回を超える。とくに、家畜の撹乱傾度に対して植物の群集組成が非線形に応答することを実証した研究や、種多様性と機能的多様性の関係は非線形であるため、ある閾値を超えて種数が低下すると急激に機能的多様性が失われることを実証した研究などは、草地の持続的利用を考える上で特に重要な知見であると言える。近年は、生物多様性が、種による応答多様性を介して、生態系の環境変動に対する安定性をもたらすことを示唆する実験結果も報告しており、今後のさらなる研究発展が期待される。以上のように、佐々木氏は、生態系生態学や生物多様性科学において、北東アジア地域のフィールド研究をリードし、顕著な業績を残しており、宮地賞に相応しいと判断する。

選考委員会メンバー:内海俊介、岡部貴美子、三木健、佐藤拓哉、辻和希、半場祐子(委員長)、小野田雄介、鏡味麻衣子、佐竹暁子

なお、選定理由紹介順は応募(推薦)順である。

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