第30回(2026年) 日本生態学会宮地賞受賞者
岩崎 雄一(産業技術総合研究所)
宇野 裕美(東北大学大学院生命科学研究科)
西尾 治幾(滋賀大学 データサイエンス・AIイノベーション研究推進センター / 京都大学 生態学研究センター)
選考理由
自薦10名、他薦2名の応募がありました。研究の独創性や当該分野および生態学への貢献度、波及効果などの観点から研究業績を総合的に評価し、また日本生態学会での活動歴や研究中断期間も考慮して審査を行いました。いずれの応募者も一定以上の成果を挙げていましたが、審査の結果、特に優れていると評価された岩崎雄一氏、宇野裕美氏、西尾治幾氏を宮地賞の受賞候補者として選出しました。
岩崎雄一 氏
岩崎氏は、化学物質の生態リスク評価において、野外生物調査と統計・数理モデリングを融合させた先進的な研究を展開し、環境保全と政策形成に資する科学的知見を数多く提供してきた。とくに、河川生態系を対象とした亜鉛等金属類の影響評価や、広く水域生態系を対象としたマイクロプラスチックの影響評価において、室内毒性試験と実環境での生物群集の応答を結びつける手法を確立し、国内外で高く評価されている。
休廃止鉱山周辺の河川調査では、亜鉛濃度の上昇が底生動物の種数や個体数を低下させることを定量的に示し、その種数の激減を回避するための亜鉛の安全濃度を推定した。さらに、日米英の調査結果を統合して、銅・亜鉛など4つの微量金属について、一般的な安全濃度を算出した。メソコズム実験と野外調査を比較し、ヒラタカゲロウ科やコカゲロウ科などで実験系と野外系の金属感受性が大きく異なることを発見した。また、全国約3000地点の水質・土地利用データを整備し、底生動物の科レベルの構成から河川環境の良好性の指標を推定する広域モデルを構築し、その指標が実際の種数・個体数と相関することを示した。
岩崎氏の研究は、従来の単一種・単一物質に依拠したリスク評価の限界を克服し、多様な生物群集への影響を定量的に把握するための新たな枠組みを提示した点で特筆に値する。さらに、階層ベイズモデリングや種の感受性分布などの高度な統計手法を駆使し、科学的根拠に基づく水質基準の策定や生態影響評価手法の確立に貢献している。
一連の業績として、108編の査読付き学術論文、うち筆頭著者ないし責任著者の論文が61編発表されており、総引用回数は1,800件を超える。岩崎氏の研究は、化学物質汚染に対応しうる実践的な環境管理における科学的基盤の強化に寄与するものであり、学術的価値および社会的意義において、高い評価を得るにふさわしいと考える。
宇野裕美 氏
宇野氏は、河川生態系における群集動態、物質・エネルギーフローに関する研究において顕著な成果を挙げてきた。河川生態系における環境の時空間的な不均質性が生態系の機能や維持に大きく影響することは比較的古くから知られてきたが、その実証研究は実施の困難さ等もあり限られている。宇野氏は鋭い観察眼により国内外のフィールドにおいて支流―本流間の温度の不均質性、雪解けに伴う氾濫原において一時的に形成される湿地をはじめ、一時的ながら一定の確度で定期的に発生する環境の不均質性を見出し、そこに生息する生物の移動を介した資源の移動という観点から、環境の不均質性が生態系の機能や維持に及ぼす役割を検証してきた。実証どころか検出自体も容易でないと考えられる現象を国内外の様々なフィールドにおいて見出し、野外調査、操作実験を組み合わせた研究を多大なる労力をかけて展開し、説得力のある根拠とともに実証してきた点は高く評価できる。研究対象も底生動物から水生昆虫、魚類、両生類等、非常に幅広く扱っており、多数の共同研究者と協力の上で研究を発展させていることが窺える。成果としてEcology Letters、Ecology、Science Advancesをはじめとした一流紙に複数の論文を公表しており、国際的な評価も高い。米国において博士号を取得したこともあってか、国際共同研究にも積極的に取り組んでいる。日本生態学会大会においても複数の国際シンポジウムを開催しており、学会の国際化に貢献している。学会運営においても将来計画専門委員会の委員として学会の発展に貢献している。以上のように、今後も生態学分野におけるさらなる活躍および貢献が期待されることから、宇野氏は宮地賞を受賞するに相応しいと評価した。
西尾治幾 氏
西尾氏は、アブラナ科シロイヌナズナ属の多年草であるハクサンハタザオの自然集団を対象にトランスクリプトーム解析やエピゲノム解析を適用することで、変動環境下における遺伝子発現調節の解明に取り組み、顕著な成果を挙げてきた。花成調節に着目した研究を行い、花成抑制遺伝子FLC領域における抑制型と活性型のヒストン修飾の量の季節変化を分析することにより、2種類のヒストン修飾の相互作用がFLC遺伝子の発現を調節し、春の開花に適した気温変化への応答を可能にしていることを示した。さらに、これらのヒストン修飾の分析を全遺伝子レベルにも拡張し、その季節変動や日内変動を特徴づけるとともに、季節的な環境変動下における遺伝子発現調節に抑制型ヒストン修飾の動態が重要な役割を果たす可能性を示した。概日周期と環境シグナルの統合に着目した研究では、核から葉緑体へのシグナル伝達経路における複数の構成因子の発現動態を分析することで、植物細胞内における環境刺激の統合と伝達の主な調節因子を明らかにした。これらの研究は、生物の自然集団を対象にエピジェネティック修飾の機能を解明するなど新規性が高く、野外環境下における遺伝子発現の調節機構を詳細に明らかにすることで植物の環境記憶と適応的な環境応答のメカニズムの理解に貢献している。さらに、先端的な分子実験手法に加えて、数理モデリング、統計的時系列解析、移植実験などを駆使した多角的なアプローチは、西尾氏の研究の独自性を際立たせている。このように優れた研究成果を挙げている西尾氏は宮地賞を受賞するに相応しいと評価された。
選考委員会メンバー:門脇浩明、瀧本岳、深野祐也、工藤洋、深谷肇一(委員長)、山口幸、安藤温子、大澤剛士、佐々木雄大
